「待って。

「待って。俺は馬鹿三人を止めに行っただけだから。」

 

 

伊藤は濡れ衣だと訴えた。確かに伊藤は三人を連れ戻そうとしていたから馬鹿から排除してやった。

 

 

「こっちも疲れて寝たいのに何を期待したんか部屋の周りうろうろして挙句三津さん起こしたそ。」

 

 

「その時よ!寝惚けた嫁ちゃんが入江に向かってお帰りなさい九一さんって微笑んだそっ!あれは好いた男を落とす為の笑みやろがっ!」

 

 

「煩い寝れ。」 www.nuhart.com.hk/zh/

 

 

入江はまだ会話に参加してくる山縣の後頭部を徳利で殴りつけて強制的に寝かせた。

 

 

「俺も有朋も俊輔もみんなその笑顔見せられたお陰で興奮して寝れんくなったそ。」

 

 

「じゃけんお前ら朝すんげぇ人相悪かったんな。そりゃ高杉,起こしたお前が自業自得ぞ。入江なんかいいとばっちりやないか。同室で寝にゃいけんそいに。」

 

 

高杉を諌める赤禰の言葉に入江はうんうんと頷いた。これだけ客観的に物事を見てくれるから三津も懐いたんだと納得がいく。

赤禰は三津に好かれたのではなく信頼を勝ち取ったのだ。

 

 

「白石さんは寝れたんか。まぁ娘みたいなもんやから……。」

 

 

そう言う赤禰の肩に高杉が手を置いてゆっくりと首を横に振った。

 

 

「いい歳したこのおっさんが一番興奮して昂ぶり過ぎて気絶したそ。」

 

 

「うわぁ。三津さん白石さん家に預けんで良かったな入江。」

 

 

「危なかったわ。一番ムッツリで駄目なおっさんだ。三津さんをそう言う目で見てるって桂さんに伝えますからね。」

 

 

「入江君後生だ見逃して……。一つだけ何でも言う事聞くから……。」

 

 

入江はその言葉忘れないで下さいねとにんまり笑った。

 

 

そしてそのまま呑み続けて全員その場で雑魚寝をして,翌朝セツに大目玉を食らった。

 

 

朝餉にするからさっさと片付けな!と怒鳴っていたが台所に戻ったセツは怒るどころか上機嫌だった。三津が何で?と尋ねたら,

 

 

「みんな二日酔いで食が細るから米を炊く量が減るそっちゃ。」

 

 

とからから笑った。それはかなり助かる。

 

 

「お三津ちゃんも呑まされたんやろ?大丈夫なん?」

 

 

「はい!記憶はないですけど体調は大丈夫です!」

 

 

いつどうやって戻ったか分からないがちゃんと寝間着に着替えていた。脱いだ物もちゃんと畳んであったから間違いなく自分で着替えたはずだ。

 

 

「セツさーんお白湯欲しい……。」

 

 

情けない声が背後からして二人で振り返ると寝ぼけ眼で少しはだけた着物のままの入江がいた。「あれまぁ。入江さんが呑みすぎって珍しい。ちょっと待っちょき。」

 

 

セツはてきぱきと白湯を注いだ湯呑みを入江に渡した。青白い顔でありがとうと微笑んでその場で湯呑みに口をつけた。

 

 

「三津さん何ともないん?」

 

 

「大丈夫ですよ?そんなに呑んでないんで!」

 

 

眩しいくらいの笑顔を向けられ入江は目がしばしばすると目を細めた。

 

 

「三津さん昨日だいぶ呑んじょったそに覚えとらんほ?」

 

 

まだ眠そうな目で見つめながら首を左にころんと傾けた。はだけた着物に湯呑みを両手で持つ何とも隙だらけな入江がお国言葉で話しかけてくる。三津の心は鷲掴みにされた。

 

 

「覚えちょらんです!」

 

 

それを聞いた入江は一瞬黙り込んで目を瞬かせて声を上げて笑った。それからふらふら三津に近寄って耳元に顔を寄せた。

 

 

「じゃあ……酒で濡れた唇舐めるのは桂さんの遊び?」

 

 

小声で囁かれて呼吸が止まった。一気に血の気が引いた。恐る恐るすぐそこにある顔を見たら意地悪く笑う目に捉えられた。

 

 

「覚えちょらんそ?舐めたの。」

 

 

入江は人差し指を自分の下唇にとんと置いた。

 

 

「お……覚えちょらんです……。」

 

 

「そう。でも私の事弄んだ責任,とってね?」

 

 

正面からしっかり顔を合わせてこれでもかと言うくらい口角を上げた。