三津の顔を見るなり開口一番にそう

三津の顔を見るなり開口一番にそう叫んだ高杉に三津はげんなりした顔をした。 「止めて!松子は嫌っ!」 高杉はゲラゲラ笑って松子と連呼して三津を指差した。山縣も遠慮すんなよ松子とからかい,赤禰は笑わないように堪えているが口元を手で隠して肩を震わせている。 「幾松さんホンマに京に戻ったんですか?人の名前こんなんにしといて……。」 三津は頭が痛いと額に手を当てた。桂と入江との関係に気を取られ過ぎていたし,誰も呼ばないから何も思ってなかったが,自分は松子だ。 「でも呼びやすいけどな,松子。」 とうとう赤禰にまでからかわれた。この名は受け入れ難いが,呼び捨てにされたのは何だか照れくさい。www.nuhart.com.hk  「三津の方が呼びやすいでしょ……。」 「三津って呼び捨てに出来んのよなぁ。でも松子は松子って呼べるんよ。ここ座り。」 赤禰の言い分がいまいち理解出来ないが,赤禰に呼び捨てにされるなら松子も悪くないな,なんて思った。そして促されるまま赤禰の隣りに腰を下ろして,入江は三津の隣りに座った。 「よーし!松子が帰って来たのを祝して呑むぞー!」 高杉が右手の拳を高々と突き上げると,広間からは,おー!と声が上がった。そんなみんなを相変わらずだなと三津は半目で見ていた。 「松子!遠慮せず呑め!」 高杉はもう呑んでるだろと思わせるぐらい,陽気に徳利を掲げた。 「人の妻を呼び捨てにするんじゃないよ。」 その声に全員の視線がそっちに集中した。 「あ,おかえりなさい。」 「ただいま,三津。」 三津の両脇に赤禰と入江がいるのはむっとするが,帰って来て三津から“おかえり”の言葉をもらえるだけでも幸せな事だ。 「全員揃ったな?では松子が帰って来た事を祝して乾杯!」 「乾杯っ!」 「松子やないもん……。」 全然愛着湧かないわこの名前とぼやきながら,ちびちび酒を口に含んだ。 『ん?薄い?』 喉に通してから三津はお猪口の中をじっと見た。そうか,みんなは自分が前より呑めるようになってるのを知らない。専用に薄めてくれてるんだ。これなら呑めるなと一気に呑み干した。 桂はその様子をそわそわしながら向かいから見ていた。桂の何か言いたげな目に気付いた三津は面倒くさいなと思って視線を逸した。 三津のお猪口が空なのを見て,赤禰はゆっくり呑みよと笑いながらも酒を注いだ。 「あっちの生活は楽しかった?」 なるべく結婚の話には触れずに三津から楽しい話を聞き出そうと赤禰は気を遣って話題を振った。 「楽しかったです!京に居た時は歳の近い女子が居らんかったから,文さん達とのお喋りとお出掛けするのが楽しくて。」 当たり障りのない話題に三津が機嫌良くしているのに高杉と山縣がやって来た。赤ら顔で呑めや呑めやと絡んでくる質の悪い酔っ払いだ。 「三津さん,京に行ってくれて本当にありがとうっ!俺は絶対行かんと思っとったそ。」 三津の前にどっかり座った高杉はあの時もっと礼をしたかったんやと三津に徳利を差し出した。三津もこれは受けるべきだとお猪口で受けた。 「出来れば行きたくなかったですけどね。」 注がれたお酒を有り難くと少しずつ口に含んだ。あーこれだこれだ。文達と呑んでたのと同じやつだ。これはすぐに頭がほわほわする。呑む配分を間違えてはいけない。 「そりゃあんな激しく抱かれるなら行きたくなかったわな。」 山縣の一言に三津の目元が痙攣した。本当にこの男は相変わらずだな。一之助も思った事を口に出す人だったが山縣とはまた違う。 一之助は許せるが山縣は不快だ。相手にするまいと聞かなかった事にした。 「やっぱ入江のが良かった?」 無視してるのにまだ続けてくる山縣の鋼の心臓にはある意味敬意を評したい。 「三津……正直に言ってくれていい……。」