吉田はそこは見なかった事にして話を続けた。
「実際それはデマだったけど周りから見ればそれだけ気に入られてたって事。案外恋敵多いんだよ。」
「ふーん。その辺の女子と変わらんように見えるけど,俺に拳骨しよる女子はそうおらんな。」
なかなか痛かったんだとけらけら笑った。
「まぁ細かい事は明日にでも本人に聞くさ。あーねみぃ……。」
そう言って大きな欠伸をしたその次にはもういびきが聞こえてきた。
「お前本当に自由だな。」 顯赫植髮
聞いといて結局これかよと鼻で笑った。
「まぁいいよ。しばらくは煩くなるけど。」
脱藩して来たと聞いた時には懲りずにどうしょうもないと呆れ返ったが近くに居たら居たで落ち着く騒々しさなんだ。
『一番頭を悩ませて心労を募らせるのは桂さんと乃美さんだね。』
あとは高杉が夜這いしようとしたら斬れるように脇差を忍ばせて眠った。
どんな状態でも体内時計はしっかりしていて朝の決まった時間になると一度目は覚める。
『うぅ……頭痛い……。』
熱でも出たかな?それでもひとまず朝餉の用意を……といつもの段取りを考えながら目を開けた。
「ん……おはよう。」
目の前には眠そうに目をこすってから爽やかな笑顔を見せる桂の顔があった。
「へ!?は!?はひ!?」
間抜けな奇声と共にばっちり目覚めたが思考はすっかり停止した。
何故同じ布団に桂が寝ているのか。勢い良く起きあがって周りを見たらここは自分の仮部屋で間違いない。
「どうしたの?」
「すみません……昨日の記憶が全くないです……。」
悲壮感を漂わせて項垂れる姿を見てにやりと笑って体を起こし胡座を掻いた。
「晋作に無理に呑まされて酔い潰れたんだよ。そこからはもう大胆に誘ってくるから……。」
桂は照れ臭そうな表情を浮かべて少しはだけた胸元を整える仕草を見せた。
「へぇぇぇ!?」
そんな事したの!?だから私襦袢なの!?両手で頬を押さえて何て失態を晒したんだ!と絶叫した。
「なんてね。玄瑞の膝枕で寝始めたから連れて来たんだ。そしたら今の今までぐっすりだよ。
帯が苦しかったらいけないと思って着物は脱がしたけど。」
何もしてないよと笑った。
悲壮に満ちた顔がぽかんとして,そこからふつふつと怒りが込み上げてきた。
「全っ然笑えませんっ!」
「さぁてまだ早いから私はもう一眠りしようかな。」
三津の顔が真剣に怒った顔になる前に桂はくすくす笑って退散した。
台所でサヤとアヤメにからかわれた事を愚痴ったがそれでも腑に落ちない三津はむすっとして朝餉を用意した。
「ごめんって悪かったよ。」
配膳する三津の後ろを桂がついて回る。
それをサヤとアヤメがにやにやと見ていた。
「ん?喧嘩か?三津さん女は愛嬌やけ笑っちょらんといけん!そんな顔しちょったら桂さん余所に女作っちまう。」
高杉は笑顔笑顔と三津の両頬をむにむに解しながらにっと歯を見せて笑った。
「晋作,三津さんは引く手数多だからどちらかと言うと三津さんの方が選びたい放題だ。
だから桂さんの方が捨てられないように気を付けないと。」
周りは敵だらけですよね?と入江が意地悪く口角を上げた。
「三津はそんな事しない。」
少し焦りを感じた桂はむっと眉間に皺を寄せて胸の前で腕組みをした。
「さぁどうでしょう?壬生の旦那はとても優しくて三津さんに対しては穏やかに笑いますからね。」
久坂の一言は桂の胸をがっつり抉った。
『三津は男として意識してるのは私だけだと言ったんだ。』
だから斎藤なんかに靡いたりしないと思っている。思ってはいるが……。
「三津すまない許してほしい。もうあんな冗談言わないから。」
必死に許しを乞う。「壬生の旦那?やっぱりお前は魔性か。」
桂さんがいるのに他に旦那がいるのか?高杉は怪訝な顔でよく伸びる頬やのぉと白い頬を左右に引っ張った。
「正確には元旦那だよ。気易く触るな。」
吉田は高杉の耳を引っ張ってこっちに来いと三津から遠ざけた。
「それも語弊がありますからね。ホンマの旦那さんちゃいますからね。」
紛らわしい事言わないでと口をへの字に曲げた。