三津はえへへと笑いながら頬を掻いた。
でもすぐにもしかしたら悪い噂かもと眉間にシワを寄せた。
「副長が今日からゆっくり寝れると欠伸でもしてるんだろ。気にする事はない。」
「えー…いつもぐっすり寝てはるけど…。」顯赫植髮
朝起きれば,布団を目深に被っている土方を揺り起こすのが日課なんだけど,と首を傾げた。
『無自覚と言うのは恐ろしいな…。』
この際だから教えてやろう。
斎藤は咳払いをしてから三津の寝言について話し始めた。
「お前も目の下にクマを作って随分とやつれているが,ここ最近副長も寝不足だ。
クマが出来たせいでより人相が悪くなってる。」
「斎藤さん以外と口が悪いんですね。」
二人が同時に足を止め,顔を見合わせた。妙な沈黙がしばし流れた。
「…話の腰を折るな。その寝不足の原因を教えてやろう。紛れもなくお前だ。
毎晩毎晩悲鳴を上げられ,衝立一つ挟んだだけの至近距離で寝ている副長が起きない訳なかろう。」
言ってやったぞと腕組みをして胸を張った。
三津は呆気に取られて口を半開きにしたまんま斎藤を見つめた。
「じゃあ私が十日も休暇になったのは土方さんの安眠の為ですか?」
「それもあるがやっぱりお前には分かって欲しいんだろ。自分達の立場や役目を。」
それには三津も押し黙る。
やっぱり自分が考えを改めなければならないらしい。
「斎藤さん,ここでいいや。一人で帰らないとまだ道覚えてないんか!って怒られてまう。」
三津は冗談っぽく笑って斎藤より一歩前に出た。
「では十日後の今ぐらいの時刻にまた迎えに来る。」
「はぁい!」
三津の緊張感の無い返事に小さく息を吐く。
今は道案内ではなく,護衛も兼ねてある。
「一人で帰って来ようとするんじゃないぞ。」
「分かってますよ!待ってますね,旦那様。」
茶化してるつもりでも,斎藤には通じなかった。
「何も考えないのも一つの手だ。ゆっくり休め。」
にっと笑ってみせる三津の頭にそっと手を乗せた。
それから優しく背中を押して甘味屋へと歩かせた。
三津はこくりと頷いた後,小さく手を振って店の暖簾の奥に吸い込まれていった。「ただいまぁー!おばちゃん大福三つ頂戴っ!」
三津の威勢のいい声が店内に響いた。
店内に居た客達は目を輝かせて熱い視線を注いだ。
看板娘の帰宅に誰もが目尻を下げてお帰りお帰りと声をかけた。
三津もそれに笑顔で応える。
自分を甘やかしてくれる空気が心地いい。
功助とトキは目を丸くして顔を見合わせた。
それから頷き合って,大福を三つ包んだ。
「早よ帰って来ぃ。」
包みをそっと手渡しながらトキが囁いた。
三津は口角を上げながら頷いた。
「で,この荷物は部屋にお願いっ!じゃっ!」
風呂敷包みをトキに押し付けて三津はすぐに店を飛び出した。
「あ!ちょっと三津!」
トキの呼び止める声に後ろ手を振った。
「帰って来たら問い詰めたるんやから…。」
先日土方達が訪ねて来てからずっと気がかりだった。
だけど,どうやら思ってたより三津は元気みたいだ。
それには安堵の息をついた。
『何だもう出て来たのか…。』
帰って早々に何処へ行く気なのか。
少し離れた位置から店を見張っていた斎藤は,気取られないように三津の後をつけた。
三津の足は迷う事なく進んで行く。
次第に人気の無い方へと向かっているのが気になる所だが,静かに様子を見守った。
とある場所で三津の足が止まった。
辿り着いた神社の石段。三津はそこに腰を下ろした。
『随分と歩いたから疲れたのか。』
こんなに歩いて帰り道は分かってるんだろうか。
石段に座ったまま,ぼーっと遠くを見つめる姿に少々の不安を感じた。