「あー……起きれた……。良かった……。」

「あー……起きれた……。良かった……。」

 

 

あれだけ呑んでよく起きれたと自分を褒めてやりながら,どうにか布団から脱出を試みる。真冬の早朝は寒すぎる。

 

 

『甘えるな三津……。セツさんに迷惑かけたお詫びも兼ねて働くんや……。』

 

 

黙って飛び出したのにまた受け入れてくれた恩を返さねばと気合を入れて,瞬時に着替えてさっと綿入れを羽織った。

 

 

『文さん,これ暖かいです。ありがとうございます。』

 

 

文のお下がりで貰った綿入れに目を細めて,今日から頑張ろうと拳を握りしめた。

廊下を忍び足で歩いて台所に行くとちょうどセツも来たところだった。

 

 

「おはよう。今日からまたよろしくね。」 artas植髮

 

 

「はい!精一杯働きます!」

 

 

「ふふっ頑張り過ぎんでええからね。」

 

 

そうは言われても三津の中ではここを黙って飛び出した日で心は止まっている。

迷惑かけた分は仕事で返さなければならない。三津はセツの倍働く気でいた。

 

 

朝餉の準備をしていると,セツが一人分だけ膳の用意をしているのに気付いて首を傾げた。

桂が朝餉を食べに来るのだろうかと思っていたら,

 

 

「おはようございます。」

 

 

「伊藤さん,おはようございます。早いですね。」

 

 

まだ眠そうな顔で台所へやって来た伊藤にぺこっと頭を下げて挨拶をした。

 

 

「おはよう伊藤さん。もう出来るけぇちょっと待ってね。」

 

 

「あっこれ伊藤さんの?」

 

 

三津は一つだけ用意されて膳と伊藤を交互に見た。伊藤は俺のですとこくこく頷いた。

 

 

「伊藤さんは木戸さん迎えに行かんといけんから先にここで食べるそ。」

 

 

「えっそうなんですか!?」

 

 

「そうなんです。藩邸に居た時は同じ場所に居たから楽だったなぁ……。」

 

 

伊藤はそう言いながら釜の火で暖を取り始めた。まだ少しうつらうつらしてるから,火に頭突っ込んで燃えないでねと注意はしておいた。

 

 

「でもお三津ちゃん帰って来たし,また朝もこっちに来るんやない?お三津ちゃんがちょっと猫なで声で朝も会いたいって言ったらええそっちゃ。」

 

 

セツがにっと笑い,伊藤もそうしてもらえると有り難いと懇願する目で三津を見た。

 

 

「あー……。伊藤さんの為にも言ってみましょうか……。」

 

 

過剰に歓びそうなのが目に浮かぶ。だがこれじゃあ伊藤が不憫だから一肌脱ぐ事にした。

 

 

広間の準備は一旦セツに任せて,三津は支度を整えた伊藤を玄関まで見送りに来た。この時にはしゃきっとして働く男の顔になってる伊藤を見て感心していた。

 

 

『でもすみさん裏切って芸妓さん孕ましたん思い出したらちょっとイラッとくるな。』「伊藤さん,今の奥さん裏切る真似したら私一生口ききませんから。」

 

 

「何故急に!?」

 

 

突然苛立ちを顕にした顔で見られて伊藤は身を震わせた。

 

 

「え?だって妻が近くに居ないのをいい事に女遊びの酷い男達が目の前に複数居るとやっぱ男の人に対する信頼が薄れるっていうか。」

 

 

「急に捲し立てるのやめて……。」

 

 

いきなり理不尽な……とも思うがきっと情緒不安定なんだろう。本当に桂と居て大丈夫なのか心配になる。

その時がらっと戸が開いた。

 

 

「あ,おはようございます。」

 

 

「おはよう三津。何だ,伊藤君もう出ようとしてたの?」

 

 

セツの予想通り桂はやって来た。玄関を開けるなり三津が居た事に機嫌を良くしてにこにこ笑っている。

 

 

「私はいつも通りですよ。三津さんに会いに来るなら昨日言っといてもらえません?」

 

 

「言わなくても分かると思って。早く三津と暮らしたいよ。」

 

 

桂は伊藤を適当にあしらってその目には三津しか映さない。三津は三津でそうですねと桂を適当にあしらった。

 

 

「今日も冷たいね……。仕事を終えたらまた来るからね。」

 

 

「分かりました。気をつけて行ってらっしゃいませ。」

 

 

やんわり笑みを浮かべてくれるも,それは仕事の時に見せる笑みだと桂は分かっている。

 

 

『私との会話も業務の一環なんだろうな……。仕方ない。今は仕方ない。』

 

 

桂は心の中で何度も唱えて行ってくると三津の体を抱きしめた。その体もすぐに離して伊藤を連立って屯所を出た。未練がましくしたところで三津は応えてくれない。

 

 

「はぁ……。辛い……。」

 

 

想像を遥かに超えた茨の道だ。がっくり項垂れる桂の横で伊藤も溜息をついた。