あれを見られていた

あれを見られていたという恥ずかしさで蒸発しそうだった。

 

 

「謙遜しなくても良いんだよ。本当に素晴らしかった」

 

桂は微笑む。

惜しい。期指是什麼 もしもこの者が男であったのなら是非我が同志に、と誘っていたのに。本当に惜しまれることだ。

 

「貴方が捕縛してくれた者共は我が藩の名を語り、悪事を働いていてね。我々としても困っていたんだ。今日は疲れただろう。今宵は此処に泊まっていくと良い」

 

せめてものの感謝の意を、と桂はそう提案した。

 

「おお、それがええ!桜花、良かったのう。流石は桂さんじゃ」

 

高杉はニヤリと笑うと桜花の肩を叩く。

その場に流されて頷いてしまったが心中戸惑っていた。

 

高杉にも、この桂にも此処までして貰う義理など無い。

浪士の件にしても自分が勝手にしたことだ。

 

「貴方のことは勝手に高杉から聞いているよ。私は長州の桂小五郎だ。今後見知り置きを」

 

桂という男は優雅に微笑んだ。気品溢れるそれに桜花は緊張を隠せずにいる。

 

「こっ、此方こそ」

 

 

桜花は姿勢を正すと思わず頭を下げた。

 

豪胆な高杉や冷静な吉田とは違うものがこの男にはあった。

見惚れてしまうような顔立ちとは裏腹に、有無を言わさない程の威圧感をひしひしと感じる。

 

 

「先程の大立ち回り、見させて貰ったよ。大の男五人を相手に物動じない態度…、女子だというのに大した腕だ」

 

「恐れ入ります」

 

に酒盛りを始めたが、桜花は湯浴みを済ませると早々に休むことにした。

 

 

行灯の灯りがゆらゆらと隙間風に吹かれて揺れている。

昼間の出来事が脳裏に浮かんでは消えた。

 

 

無論、自分の知っている日本ではないということは承知しているつもりだった。

しかし何も分かっていないことを痛感する。

 

皆、必死なんだ。明日の生活の為、自分の信じるものの為に。

平和な時代でぬくぬくと育ってきた自分には耳の痛い話しだった。

元いた時代の人とは覇気も生き方もまるで違う。一人一人がまさに生を謳歌している気がした。

 

 

桜花はふと、自分を追い掛けた集団のことを思い出した。

 

浅黄色に染めた羽織を纏い、駆けてきた新撰組

 

彼らの姿を見た途端、脳髄が痺れるような圧を感じた。まさに修羅場を潜ってきたと言わんばかりの堂々たるその姿は、狼そのものだと思う。

 

 

次々と迫るこの数奇な出会いは一体何なのだろうか。

 

明日もまた別の道場を当たろう。それも無理なら働くところを探そう。

 

 

桜花はそんなことを考えながら床につき、目を瞑った。

 

思ったより疲れていたようで、直ぐに寝息を立てていった。「高杉さん、桂さん泊めて頂きありがとうございました」

 

「桜花、暫しの別れになるのう。気張って生きろよ。また生きて会えたら土産話待っちょるけぇ」

 

高杉はそう言うと歯を見せて笑った。高杉はこの後、もう一人の同志に会った後長州へ帰るとのことだ。

 

彼らに礼を言って池田屋を出ていくと、桜花は昨日同様に道場を回った。

だが、やはり結果は変わらない。

 

閉鎖的な京において、見ず知らずの者を置いてやれるほどの余裕など何処にもないのだ。

 

 

桜花はすっかり心が折れたかのように、重い足取りで行き場もなくふらふらと歩いていた。

 

地理も勝手もわからない京の町はまるで迷路であり、今何処に居るのかさえ分からない。

 

 

重い溜め息が思わず出るが、桜花はまだ諦めてはいなかった。

 

この世で信じられるのは自分だけであり、絶対生きて帰りたい。

そう気持ちを強く持っていなければ、崩れてしまいそうであった。