吉田稔磨も長州藩に

吉田稔磨も長州藩に属しており、高杉晋作と同じように松下村塾を出ている。師である吉田松陰より、大変可愛がられ、知能の高さを賞賛されていた。

しかし、身分が低いために要職には付けずに苦労している一人だった。

此度の依頼人である桂小五郎に指定された旅籠池田屋へ桜花を送るために、道を進みながら吉田は不思議な気持ちを感じていた。

 

 

「記憶が…ない。regular savings plan そのようなこと有り得るのか」

 

「そう思いますよね。ですが事実なのです。同じような人を聞いた事はありますか?」

 

桜花の問いかけに吉田は首を横に振る。

記憶を失うなどそんな恐ろしいこと、僕には考えられない。

 

思想、出身、尊敬する師に友。そして自分を暖かく迎え入れてくれる家族。

これら全てを一瞬にして失ってしまうなど、ただの生き地獄に等しい。

 

先程も救済に入って新撰組に目を付けられていた。

一体、この男はどういった神経をしているのか。

 

 

吉田は隣を歩く桜花の横顔を見た。

桜花はそんな視線に気付いて小首を傾げる。

 

 

「!」

 

視線を受けて鼓動を高鳴らせると吉田は慌てて目を反らした。

 

「あの…」

 

桜花は少し考えがちに口を開く。

 

 

「もしかして、吉田さんに私の事を頼んだのは高杉さんですか」

 

 

高杉という思いがけない名が出て思わず足を止めた。

 

「…晋作と知り合いかい」

 

 

桜花の様子を伺うように見る。

 

「高杉さんは、私をこの京まで連れてきて下さったんです」

 

どういうことだ。晋作は国に居るのではなかったのか。それとも何か命が下って上京してきたのだろうか

 

「そうか、晋作が京に居るんじゃな」

 

吉田は懐かしそうに目を細めた。思わず訛りが出る。

 

「吉田さんも長州の出なのですか?」

 

 

それを聞いていた桜花は目を丸くした。

ならば合点がいく。高杉と知り合いなことも、新撰組から庇ってくれたことも。

 

 

「…ああ、晋作とは昔からの友だよ。情に厚くて良い奴だろう」

 

その問いかけに桜花は頷いた。

 

しばらく無言で歩いていると吉田が再び立ち止まり、ある旅籠を指差す。

 

 

「あの中に恐らく晋作は居る。桂さんの客と言えば通じるだろう」

 

 

池田屋…」

 

桜花は表札の名を小声で読み上げた。

 

長州の家紋である一文字に三ツ星が提げられているそこは、長州贔屓の旅籠だった。

 

何処かで聞いたことがある気がしたが思い出せない。

 

「では、僕はもう行く」

 

「あ…、また会えますか」

 

 

桜花は少し寂しい気持ちを感じた。

ああ、と吉田は薄く笑みを浮かべて去っていく。

 

 

桜花は群衆に紛れていくその後ろ姿を見送ると、池田屋の暖簾を潜った。旅籠池田屋を切り盛りする主人、惣兵衛に二階の部屋を案内してもらう。

 

 

「此処ですわ。ほな、ごゆるりと」

 

恭しく頭を下げ、惣兵衛は下がっていった。

桜花は閉じられた襖に手を掛け、失礼します、と言いながら開ける。

 

すると目の前には胡坐をかいた

高杉の姿があった。

 

 

「桜花…無事じゃったんじゃな」

 

高杉は勢いよく立ち上がると、桜花の背中を叩く。

桜花は笑顔で頷いた。

 

「はい、無事です。吉田栄太郎さんに助けて頂きました」

 

「何、栄太郎がおるんか」

 

「もうお帰りになられましたが…」

 

桜花は刀を腰から抜き、高杉の正面に座る。帰ったと聞き、高杉は残念そうな表情になった。

 

「貴方が桜花さんだね」

 

その時、横から声が掛かった。そちらを見ると、吉田に劣らずの美男子が座っている。