「でも、あの子は

「でも、あの子は生きています!私には分かる、分かるんですよ。何なら、私に探しに行かせて下さい!」

 

「総司ッ!」

 

 土方は沖田を一喝する。だが沖田は怯むことなく土方から視線を逸らさなかった。

 

 

「平隊士の捜索に、避孕|計劃生育心裏有數 一番組組長を行かせる訳にゃいかねえ。……お前、何故そんなに必死になる?」

 

 まさか、と土方は目を細める。

 

「お前、あいつに惚れているのか」

 

 その言葉に近藤と沖田は目を見開いた。みるみるうちに沖田の耳が朱色に染まる。近藤は沖田から離れると、その顔を覗き込んだ。

 

「ち……、違いますよッ。あの子は、お、男じゃないですかッ。どうして土方さんはいつもそっちに話しを持っていくんです」

 

 否定しながらも、沖田の頬は茹でたタコのように赤くなる。鼓動が鐘を打つように煩く鳴った。

 

「とにかく。私は諦めません……。桜司郎さんは生きています。探しに行かせてくれないのなら、せめて山崎君の捜索を伸ばして下さい」

 

「総──」を引っ掛けると、裏庭へ向かった。いつも此処は誰もおらず、一人になりたい時に丁度良い。

 

 目の奥がじんわりと熱い。男たるもの、そう涙は見せるものではない。もし泣いてしまえば、を認めることになる。そんなことは絶対にしたくなかった。

 

 

「桜司郎さ、……桜花さん。貴女の言葉を信じています。いつまでも待ちますから。だから、戻ってきて下さい」

 

 御守りを握り締めながら、沖田は空を見上げた。 年の瀬がすぐそこに迫った日の事だった。高杉の元へ、一通の文が届く。それを読むなり、すくっと立ち上がった。

 

 そして、隣の部屋へ向かう。そこではおうのと桜司郎が仲良く絵を書いていた。

 

「あらぁ、旦那様。そねえにお急ぎになってどねえしたのです。見て下さい、桜花さんたら絵がお上手で……」

 

 おうのはふわりとした笑みを浮かべると、紙を高杉へ見せる。桜司郎が書いたのは村塾から見える周りの景色だった。

 

 だが高杉はおうのの言葉を遮り、声高らかに発言をする。へ行く!早う支度をせい」

 

「馬関……?」

 

「そうじゃ。面白い男に会わせたいと言うたの覚えちょるか?馬関に着いたとのことじゃ。支度が出来たら出立するけえの」

 

 馬関とは長州の藩領であり、西には豊前国が隣接していた。独特な雰囲気を持つ港町である。

 

 再度部屋を出ていこうとするが、高杉は踏み止まり首だけ振り向いた。

 

「桜花の絵はなかなか味が出てええもんじゃな。次は僕の立ち絵も描いてくれ」

 

 それだけ言い残すと、高杉は忙しなく出て行く。

 

「あらぁ、良うございましたねぇ。旦那様がお褒めになるなんて、滅多にありませんけえ。この絵……うのが頂いても良いですか?」

 

 おうのは無邪気に自分のことのように喜ぶと、上目遣いで桜司郎を見た。恥ずかしさを感じつつ、桜司郎は戸惑うように頷く。

 

 思えば、おうのは江戸で会った歌によく似ていた。天真爛漫なところ、抜けやすいところも。だからか、何処か親しみやすさを感じていた。

 

「嬉しい。有難うあんしたぁ。そんでは、旅支度をしますけえ」

 

「あ、私も何かお手伝いを……」

 

「いいえいいえ。旦那様のお客様にそねえなんさせられんけえ。桜花さんはゆっくりしとってね」

 

 にこりと微笑むと、おうのは高杉の後を追った。部屋に取り残された桜司郎は小窓から外を見る。ちらちらと雪が降っていた。

 

 

「旅……か」

 

 もう此処に来てから二十日は経っている。傷はまだ痛み、毎日の洗浄と軟膏の塗布、清潔な布で保護する必要はあるが前ほどでは無かった。

 

───局長達は無事に京へ帰れたのだろうか、沖田先生の熱は下がったのだろうか。私はもう一度帰れるのだろうか。

 

 様々な思いが頭の中で絡み合う。高杉との約束では、"面白い男"とやらと会ってからの返事をすることになっていた。

 

「一体どんな人だろう」

 

 

 ぽつりと呟いたその時、高杉が戻ってくる。その手には合羽や陣笠といった旅の道具が握られていた。それを桜司郎へ差し出す。

 

「これ桜花の分じゃ。使え。それと、馬関まで距離があるが、歩けそうか?