ひやりとした高

 ひやりとした高杉の体温に反して、坂本の手は温石のように熱い。高杉はその感覚に思わず苦笑いを零した。

 

「何じゃ、ゴツい男から手ェ握られても気味が悪いっちゃ。……そういや、桜花はどねえした」

 

「桜司───桜花さんは別の部屋におるがよ」

 

 意外懷孕|拆解坊間4大避孕謬誤  "桜司郎"と言いかけた坂本の言葉を聞き、高杉は少し寂しそうに瞳を閉じる。

 

 

「……何じゃ、坂本はもう聞きよったんか。あれが壬生狼の侍になったことを」

 

 その時、丁度桜司郎は茶を差し入れようと部屋の襖の前にいた。部屋の中から聞こえてきた言葉に目を見開き、声が出ないように両手で口を塞ぐ。

 

「な、高杉……おまさん知っちゅうがか」

 

「そりゃそうじゃ。ただの女中が幕府の訊問使に同行する道理が無いじゃろう」

 

 

 高杉は頭の後ろで腕を組むと、天井を見た。

 

「ほりゃあ、そうやけど……。、気付いちゃーせん振りをしたがかえ」

 

「そりゃあ、決まっちょるじゃろう。僕ァ桜花を傍に置きたかった。幕府の犬やと認めてしもうたら、長州へ置いておけんようになるけえ。……坂本、にはまだ分からんと思うが、人間は死ぬると悟った瞬間に貪欲になるものなんじゃ」

 

 

 何よりもを思っている高杉は、今まで自分自身のために行動したことは無かった。だが、死の影を感じた途端に、世の道理を踏み越えた行動をしてみたい気持ちになったのだ。

 

 

───それが人攫いというのも、器の小さい人間のようで笑える話じゃ。こねえな真似をしても、人の心は動かんと分かっちょった筈じゃが。

 

 

「じゃけど、僕の胸だけに秘めておけん今は……もう置いておけんのう」

 

 

 残念じゃ、とぽつりと呟いた。坂本へ素性を話したということは、桜花は長州を離れる選択をしたということだと直ぐに察する。

 腕を額に乗せ、視線を坂本の向こうの小窓へ向けた。雪を溶かすような陽射しが煌々と射し込んでいた。と出会った当時、雪のような女だと思った。溶かしきれない孤独を身に纏ったような、寂しい女だと。だが、もう彼女は陽のあたる場所に自らの力で居たのだ。

 

 高杉は口角を上げると、今度は廊下へ続く襖を見遣る。

 

「桜花。いつまでそこに居る。廊下は冷えるけえ、入って来い」

 

 

 そのように声を掛ければ、少しの間の後におずおずと襖が開き、桜司郎が入ってくる。

 

 高杉はおうのも呼び付けると、何かを耳打ちした。すると、おうのは風呂敷に包まれた何かを持ってくる。「すまんが、桜花と二人にしてくれんか」

 

 

 高杉は襖の傍に立ち尽くしている桜司郎へ手招きをすると、坂本とおうのへ目配せをした。

 

 

 桜司郎は坂本と入れ替わるように、枕元へ座る。だが、何から話して良いのか分からず、居た堪れない気持ちで膝の上に置いた拳を少し握った。

 

 何処と無く気まずい空気と共に静寂が部屋を包む。先に口を開いたのは高杉だった。

 

「……桜花。壬生浪の奴らは、君に良くしてくれるか」

 

「はい。とても良い方達ばかりです」

 

 肯定を口にする桜司郎の表情は柔らかく、それが真実であることが分かる。それを見た高杉は優しげに目を細め、口角を上げた。

 

 思えば、高杉は"桜花"の面影ばかりを求めて、今の桜司郎を見ていなかった。もう出会った時の少女は何処にもいないというのに。

 

 

「ほうか……。確かに、出うた時よりずっと良い