沖田は出掛ける

 沖田は出掛けると言うと、その足で北に向かった。土方の目配せで、その後を斎藤が付ける。沖田が向かったのは壬生の外れに位置する、山南や松原の眠る光縁寺だった。本堂の奥に位置する山南の小さな墓石の前へ、膝を抱えるように座り込む。

 

 空の雲行きが怪しいからか、一段と冷えるからか辺りには誰もいなかった。斎藤は本堂の影から沖田の様子を伺う。

 

 

 沖田は目元を伏せると、避孕藥 暫くの間そのまま黙りこくった。サア、と冷たい風が背を押すように吹くとやがて口を開く。

 

 

「───言ったんです」

 

 消え入るような小さな声が風に攫われていく。その心中では、熱に浮かされながらも桜司郎を胸に抱きとめた時のことが思い起こされていた。

 

 

「私は、行かないでと言ったんです。……嫌な予感がしたんだ。そうしたら、あの子は必ず戻ると言って出て行ってしまった」

 

 突然自分の世界に現れ、その色が濃くなったと思うと、遠ざかっていく。山南を失ったあの日とはまた違った喪失感に襲われるのだ。

 

 

「……ねえ、山南さん。これは一体何なのでしょう。私はどうすればいいのでしょうか」

 

 信じて待つことしか出来ないと分かっていても、沖田は胸に燻る思いの理由が知りたくて問い掛ける。

 

 

 それを影から聞いていた斎藤は、本堂の壁に背を預けながら空を見上げた。

 

 

───沖田さん、それは慕情というんじゃないのか。

 

 チクリと痛む胸に手を当てると、遠い空の向こうに居るであろう桜司郎へ思いを馳せるように、斎藤は目を瞑る。井上はそう言いながら立ち上がった。そして沖田の肩をぽんぽんと叩くと、横をすり抜けて部屋を出ていく。沖田はその背に掠れた声で礼を告げた。それが届いたのか、井上は片手を上げる。

 

 

 行灯の油が切れたのか、寄る辺を失くした火がすうっと消える。だがそれでも一面に広がる雪に月が反射し、何処か明るく思えるような夜だった。

 

 日本海に臨む萩城の城下にある小さな私塾、の一室には、着流しに半纏を引っ掛けた男と、布団に横たわり荒い息遣いを繰り返す女がいた。

 

 

「ったく、誰がこねえに傷を負わせろと言うたんじゃ。桜花は、女じゃと言いよるじゃろうが」

 

 男──高杉晋作はそう呟くと、女──桜司郎の額に乗せられた温い手拭いを変える。白岩と刺客によって負わされた傷は致命傷とはならなかったが、道中にまともな手当をしなかったために熱を持ってしまった。

 

 高杉は桜司郎が着ていたものに目を向ける。着物の下にを身に付けていたのだ。そのお陰で、銃弾や刀の威力が軽減されたのだろう。

 

 

「相変わらず、運がええじゃ」

 

 

 行き場を失っていた白岩を拾った際に、新撰組の屯所で"桜花"が女中の真似事をしていると聞いた時は心底驚いたものだった。ずっと気になってはいたが、この長州では色々なことが立て続けに起こったためそれどころじゃなかった。池田屋の悲報、禁門の変、下関戦争、長州征討、功山寺での挙兵──

 

 高杉は目を細めると、桜司郎の頭を撫でる。あれから二年の月日が経ったのかと思うと感慨深いものがあった。

 

「……寝るか」

 

 膝を立てて立ち上がろうとすると、不意に空咳が漏れた。それは中々収まらず、高杉は片手で口を覆い、もう片手で胸元を押さえる。