「それァそうだが、あの時と

「それァそうだが、あの時と今では話しが違う」

 

「違わん!支度金も砲台も頂戴したまま、おめおめと江戸へ引き下がる訳にはいかんだろう!敵からも、幕府は留める力すら無いのかと思われてしまうッ」

 

 

 意地になっていた。生髮藥副作用 否、意地というよりも実感が無いのだ。刀の腕で上り詰め、その上負け知らずで生きてきて、伏見の惨状を経験していない。しかし今や彼にその右腕は使えず、新撰組どころか幕府が大敗している。

 

 それを受け入れることがまだ出来ないのだろう。

 

 

 

「……幕府の威光のために、俺たちに死ねってェのか」

 

 

 原田は静かに言葉を吐いた。

 

 

「そうだ。我々は結成したその時に、上様のために身命を賭して戦うと誓ったでは無いかッ……」

 

「ああ、確かに言った。言ったさ。ただ、それが……今その時なのか?」

 

 

 確かめるような声掛けに、近藤は少し怯んだ後に頷く。

 

 それを見るなり、原田は目を瞑った。

 

 

「……分かった。近藤さんがそう言うなら、俺は乗る。あんたの道場が楽しくて、あんたを押し上げたくて、俺たちは此処まで来たんだからよ。これで乗らなかったら、男が廃っちまう。な、新八」

 

 

 同意を求めるように、手を永倉の肩へ置く。すると、永倉は視線を彷徨わせた後に拳を固めた。

 

 少しの沈黙の後に、小さく頷く。

 

 

「…………ああ。そうだな。此処まで来て、何もせずに引き返すってのも性に合わん。城を奪い返すのは無理だろうがな、江戸へ迫る時を稼ぐくらいは出来るか」 ほんの少し前までは、撤退で決まりかけていたというのに、近藤の一声で一気に交戦へと話しが傾いた。

 

 あれよあれよと軍議は進められていく。その有り様を桜司郎は呆然としながら聞き流していた。

 

 

──駄目だ、駄目だった。折角此処まで来たのに。もう変えられない。やるしかない。やるしかない……

 

 

 そんな言葉が頭の中をぐるぐると旋回する。

 

 

 あまりに顔色が悪かったのか、山口が気遣わしげな視線を送ってきた。だが、それに返してやる余裕も無い。沖田が身体を張ってまで時を稼いだというのに、それが台無しになってしまったことが遣る瀬無くて仕方がなかった。

 

 

「土方さん、援軍を要請しよう。流石にこの兵数では足止めにもならん。城が既に敵の手に渡ったと知れれば、脱走も増えるだろうし」

 

 

 永倉の言葉に、土方は僅かに眉を寄せる。事前に、桜司郎から援軍は見込めないことを聞いていたからだ。

 

 土方と桜司郎、山野以外は幕府から捨て駒にされた可能性が高いことを知らない。薄々気付いているのかもしれないが、もしそうと知れれば、今度こそ新撰組は終わりだった。失意のうちに闘志が削がれしまうのは間違いない。

 

 一縷だとしても希望があるからこそ、人は動けるのだ。

 

 

 故に、誰も公にしようとは言えなかった。

 

 

 

「土方さん、聞いているのか」

 

「……ああ、分かった。この現状を幕府へ伝えれば、援軍も引き出せるかも知れねえ。城代の怠慢は幕府の責任でもあるからな」

 

「そうしてくれ。後は陣を何処へ敷くかだ。……山野、何処が良いと思う?」

 

 

 既にこの辺りの地理に詳しくなった山野は指名されるなり前へ出て、地図を広げる。勝沼村柏尾山の麓を指差した。

 

 

「こ、ここに古刹の大善寺があります。甲州街道沿いの上に、周囲には山があるので隠れるにも銃を撃つにも適しているかと」