やがて夏の茹だる

やがて夏の茹だるような暑さに、秋の涼しさが混じる頃。隊内にも遅れて報が伝わり、事実上幕府が負けたという衝撃が走る。故に連日その話で持ち切りだった。

 

 久々の非番である桜司郎、馬越、山野は屯所の直ぐ近くにある茶屋へ甘味を食べにやってきていた。そこでも例に漏れず、長州征伐についての話が繰り広げられている。

 

 

「ま、まさか長州が幕府に勝つとは誰も思いませんよね。M痛原因 敗因は何だったのでしょう……」

 

 を静かに啜りながら、馬越が呟いた。それを聞いた山野は顎を掻きつつ眉を顰める。

 

「俺が思うに、士気の差じゃねえのかな。なんたって、無理矢理行かされた藩も多かったんだろう?そりゃやる気も出ないって訳さ」

 

「武器の差……って話しもありますよね」

 

「武器って……。長州は貿易を禁じられていたんだろう?どうやって手に入れたって言うんだ」

 

 

 二人の話しを隣で聞きながら、桜司郎はぼんやりと通りを眺めた。赤とんぼが目の前を横切り、落ち葉が柔らかな風に吹かれて転がる。

 

 その脳裏には、昨年の冬に聞いた高杉の言葉が浮かんでいた。時が経つのは早いもので、もう直に一年が経つ。

 

 

『長州は、絶対に負けんよ。君が好きな世はこれから崩れていく。……僕がそうさせるからじゃ。僕らを足蹴にした幕府には、相応の報いを受けさせる』

 

 

──高杉さん、ついにやってのけたんだ。が少し浮いた痩身ながらも、炯々とした目付きを思い出しては胸が熱くなる。だが、それと共に新撰組の行く末を考えると気が重くなるような気がした。

 

 

「桜司郎はどう思う?」

 

 そこへ突然話しを振られ、桜司郎は肩を跳ねさせる。

 

「え、っと。なんだっけ」

 

「また呆けてる。何故長州が勝ったのかって話しだ」

 

 

 呆れた山野から軽く睨み付けられるが、その問いに桜司郎は言葉を詰まらせた。

 

「長州が勝った理由……」

 

 そこまで深刻に考える必要は無い。ただの雑談なのだから、話しを適当に合わせておけば良いのだ。そう分かっていながらも、根が真面目な桜司郎は次の言葉を出せずにいる。

 

 そこに命を賭けた思いがあると知ってしまったからこそ、軽々しく口に出せなかった。そしてうっかりにでも高杉らのことを話してしまったらと思うと、より言えない。

 

 

 どう答えたら良いのかと考えていると、そこへ尾形が前方から手を振りながらやってきた。

 

 

「鈴木しゃん、文が届いたばい。飛脚が持ってきたけん、火急ん用かも知れんて思うと」

 

 そう言いながら、尾形は袖から文を取り出して桜司郎へ差し出す。御礼を言いながら受け取り、それを開くと差出人は見たことのある名だった。

 

 

「抜六……」

 

 

 ポツリと呟くなり桜司郎は突然立ち上がった。それを二人は驚いたように見上げる。

 

「ごめん、急用を思い出したから行くね。昔馴染みが来てて。今度埋め合わせをする!」

 

 

 その文には旅籠の名と共に、京へ来ているから会いたいとの旨が書かれていた。 桜司郎は指定された旅籠へ向かう。だがそこには坂本の姿は居らず、女将から再度文が渡された。今度は別の茶屋に来るようにと書かれている。

 

 新撰組に中身を改められることを分かっているため、工作をしたのだと直ぐに察した。

 

 

 銭取橋の近くにある茶屋へ向かう。暖簾を潜るとそこには式台に腰掛けた坂本の姿があった。

 

 

「さ──抜六さん!」

 

 

 桜司郎の声に、坂本は顔を上げる。そして歯を見せて笑みを浮かべた。

 

 

「おお、桜司郎!待っちょったがよ」

 

 

 坂本と会ったのも、もう半年以上も前の話しとなっている。ふっくらしていた頬は少し