その後、広間で詮議が行われた。沖田以外の組頭が集まっている。
まるでそれは屯所移転の話し合いの再現とも言わんばかりの構成だった。
特に試衛館時代からの付き合いのある者達が、何やってんだよと口々に声を掛ける。
「御迷惑をおかけしました」
山南はあっさりと脱走の事実を認めた。
「山南君、異議申し立ては無いのか。yaz 君ともあろう男が、脱走をするなんて何か深い訳があったのではないか」
近藤は親身になって問い掛ける。だが山南は穏やかな笑みで、ただ首を横に振るだけだった。
「書き置き通りです。江戸に帰りたかった、ただそれだけでした」
「本当にそれだけなのかい」
近藤の問いかけに山南は畳に視線を移す。きっとそれだけでは誰もが納得してくれないのだろう。
信頼の現れなのか、それとも旧知の山南敬助を裁くには自身の心が納得できないのか。
「切っ掛けは、色々あったのでしょうね。どれも取るに足らないばかりです。ですが、ふと江戸へ帰ろうと魔が差しました」
この時、山南は嘘を吐いていた。江戸に帰る気が無かったのは事実だが、その思いを脱走の理由として利用したのだ。
「……なら、何故戻ってきちまったんだ。山南さんなら、例え総司であろうと切り抜けられた筈じゃねえのか」
我慢出来なくなったのか、永倉が身を乗り出して訴える。土方は腕を組んで目を瞑ったまま動かない。
「いざ大津まで行ったは良いのですが、本当に私は江戸に帰りたかった訳では無いということに気付いたのです。私の居場所は、新撰組しかないと」
山南の言葉に近藤は唇を噛み締めた。
「ですから、総司に連れて帰って欲しいとお願いしました。私が、自分で帰りたいと思ったのです」
山南さん、と誰かが呟く。山南は背筋を正すと、上座に座す近藤と土方に向かった。
「近藤局長、土方副長。ご厚情により申し開きの場を設けて頂き、至極恐悦に存じます。此度の隊規違反につきまして、ご裁断を頂きたく」
それは余りにも堂々としたものだった。かつて腹を切っていった武将であっても、此処まで潔い者は居なかっただろう。
これ以上山南の覚悟に水を差すことは誰にも出来なかった。
近藤は腹の底がビリビリと痺れるような感覚を覚えながら、息を呑む。土方を一瞥すると、覚悟を決めたように鋭い視線を山南へ送っていた。
は、と浅く息を吐き出し深く吸う。そして山南を見遣った。
「……山南敬助君。脱走は隊規違背である。よって、此処に切腹を、申し付ける」
しん、と居間に静寂が訪れる。誰かから堪えきれずにしゃくり上げるような声が漏れた。
「は。武士としての死を賜れる事、有難き仕合わせに存じます」
その瞬間、斎藤の目には山南が何処か安心したように映る。それが物悲しくて見ていられずに視線を逸らした。「解散だ。切腹は今夜、暮れ六つとする。松原君、山南総長を部屋へお連れしろ」
土方の声でそれぞれが動く。松原は丁寧に山南を待機部屋へと誘導した。
江戸から付き合いのある面々は動かずにその場に残る。俯き、悔しげに拳を固く握り締めていた。
土方は立ち上がろうと腰を浮かせる。その前を塞ぐように立ちはだかる者の姿に眉を顰めた。