のぼせた状態で、

のぼせた状態で、駕籠に乗ってふたりの家へと向かい。

 その美しき三千世界の小さな庭を前に、立つまで。 冬乃は顔を上げられずに涙を堪えた。

 

 (こんなにしてもらったのに、だけど私は)

 

 此処の世に残ることは、植髮推薦

 きっと叶わないなんて。

 

 

 冬乃は、震えそうになる指先に力を籠めた。堪えきれなかった涙が、一滴、手の甲に落ち。

 

 「頭を上げてくれ、冬乃さん。それに私は総司から頼まれたことをしただけだ」

 

 近藤の呼びかけに、だが冬乃は上げられずに。

 

 「先生が俺の無茶な頼みを聞いてくださったからこそ実現した事です」

 

 俺からも改めて礼を申し上げます

 沖田が、そんな冬乃の隣で一緒になって手をついた。

 

 「総司まで。やめてくれ、俺は殿様じゃないんだ、平伏されるのには慣れてない」

 もはや困惑しだした近藤に、

 その温かい人柄に、冬乃の胸内まで温められた想いで。そして却って申し訳なくなった冬乃はついに頭を上げた。

 

 沖田も同じく頭を上げると、

 「ですが、“俺達” にとっては先生は、殿以上に父上ですから」

 

 にこにこと。

 そんなふうに告げるのへ。冬乃はどきりと沖田を見上げる。

 

 (総司さん、それって)

 

 「・・総司、それについては」

 

 「先生が、俺に良家の子女をとお考え下さろうとも、俺がいずれ娶るならばそれは冬乃しか考えられません」

 

 

 (総司さん・・っ)

 

 

 近藤にどこか畏まったふうで再び頭を下げる沖田を、横に。

 

 彼の口から今はっきりと、そんな言葉を聞けたことに。冬乃は一瞬に感極まって声も忘れ沖田を見つめて。

 

 「冬乃」

 顔を上げた沖田が、冬乃を見つめ返す。

 

 「然るべき時が来たら。祝言を挙げよう」

 

 

 (これって・・・婚約・・・)

 

 冬乃がなお声も出せずに、瞠目するのを。

 

 見ていた近藤が、そして溜息をついた。

 

 「ここまで宣言されては、反対しようがないじゃないか」

 

 はっと近藤を見た冬乃の目に、言葉とうらはらにひどく嬉しそうな笑顔が映る。

 

 

 「総司、冬乃さん。幸せになってくれ」

 

 

 (近藤様)

 

 もうこの上ないほど幸せです。冬乃は声を詰まらせたまま胸内に呟く。

 

 

 「先生」

 沖田が穏やかに微笑んで、近藤を向くと。

 

 そしてとても穏やかに告げた。

 

 「俺達は、」

 

 

 今夜は休息処へ泊まります

 

 ・・と。 「その寺請の制度により、元々貴女のような、どの寺にも属していない状態は社会的身分が無いんだが、それでは此処で本来まともに生きていくことはできないのは分かるかな」

 

 近藤の確認に、冬乃は再び頷いた。

 

 「これまでは俺達がいたからいいが、」

 沖田が引き継いで続ける。

 

 「もし俺達がいなくなっても此処の世で貴女の頼る先がのこるように、近藤家に貴女の“実家” となっていただいた。つまり今は、貴女は近藤家の菩提寺に属し、近藤家の人間として社会的身分を有している」

 

 (あ・・・)

 近藤の養女に迎えられたのは、そのため。 

 

 「貴女が此処で生きてゆくためにあと必要なものは当然に金だが、これも先生を通し、江戸にいらっしゃる先生の奥方に既に預けてある」

 

 「妻のツネには事情を全て伝えてあるよ」

 近藤がさらに追って続けた。

 

 「私達に何かあれば、ツネを頼ってくれればいい。江戸の私の家はもう貴女の“実家” だ。

 いつか機会があれば貴女と総司と私で江戸に行き、ツネと顔合わせをしたいと思っている。身分がある今の貴女ならもう通行手形も持てることだし」

 

 

 「近藤様、総司さん・・」

 冬乃はおもわず畳に両手をついた。

 

 (こんなに考えてくださってたなんて)

 

 「ありがとうございます・・」

 

 頭を垂れた冬乃の声は、震えて。