冬乃は、離してください

冬乃は、離してくださいと目で訴えつつ山崎を上目に見上げ。

 

 「私は、彼にどう想われていても想われてなくても、いいんです」

 先の冬乃の『ほっといて』発言に、さすがに驚いたのか冬乃の腕を掴む力が緩んでいた山崎の手を、振りほどいた。

 

 「想いが通じ合うこoption putとを求めているわけじゃありませんから」

 

 傍に居られるだけでいい

 

 この先また幾度、心は掻き乱されても、

 最後にはその想いへ戻ってくるだろう。

 

 

 (まして、彼を救えるのなら)

 

 

 山崎が目を丸くして冬乃を見下ろした。

 

 「添い遂げられへんでもええんか」

 

 

 (添い遂げる・・)

 

 それはつまり、沖田と家庭をもって一生、ここに居る、

 

 そんなことが、

 そもそも、叶うには。

 

 (平成での私が、ずっと意識が無くて倒れてる状態・・でしかないし)

 

 

 実際に、もし統真とずっと会わなければ、そうなるのだろうとしても。

 

 (そのまえに平成の私の体が、衰弱で死ぬよね・・)

 食事もとれないでいるのだから。

 

 

 (・・・待って)

 

 もし病院で、経口のかわりに点滴で栄養を摂り続けていれば、それは可能ではないか。

 

 

 (・・・・)

 

 母は。意識のないまま生き永らえていく冬乃に、どんな想いを懐くのだろう。 そして病院でのそんな金銭面での負担を、受け入れるのだろうか。冬乃は、つとそんな事まで考えてみてから、

 次には馬鹿馬鹿しさに思考を止めた。

 

 (そもそも、沖田様と“添い遂げる”自体が夢のまた夢なのに)

 

 

 たとえ、彼をこの先、病から救えても。

 

 冬乃のことをなんとも想っていない沖田が、冬乃を伴侶の相手にと考えるはずがないのである。

 (それに)

 

 この乱世に於いて、何時でも、有事の際の近藤の盾として在るが為に、家を継ごうとはしない沖田は、

 したがって子孫を残す必要を考えることも無い。

 

 常に死を迎えられるよう、泰平の世の名残り強き今の家督制度から離れて身軽で或るを選んできた沖田が、

 敢えて積極的に伴侶を娶ることなど、元より視野に入れてすらないだろう。

 

 (そう考えれば、)

 

 のちの千代こそが、

 

 沖田のそんな姿勢を崩し得た、唯一の存在なのだ。

 

 おそらくは千代と内々であれ祝言も挙げたのではないだろうか。

 でなければ、のちに沖田氏縁者として埋葬される理由が無いように思う。

 

 寺請制度の下での届出を要したこの時代、沖田が家を継いでおらず、当然、分家も行わず何処かへ養子に入ってもいなかったからこそ、

 その婚姻は、内縁の形となり、記録に表立って遺らなかったのだとしたら。 乱世が治まり、近藤と江戸に帰還する時になれば、然るべき体裁も整えただろう。だが世が治まるどころか、その前に、千代は亡くなって。

 (・・・沖田様)

 

 考えれば、考えるほど。沖田と千代を引き離すことなど、冬乃には出来ないように思えてくる。

 

 

 冬乃は小さく首を振った。

 

 「すみませんが、もう仕事に戻りますので・・」

 

 

 「待ちや」

 山崎が尚も呼び止めた。

 

 「想い合うことも夫婦になることも望んでるわけやなくて、どう想われてようとそれすら構わへんちゅうのは、いったい・・」

 

 「ですから、私が勝手にお慕いし」

 「それで満足なわけあるんか」

 

 山崎の声が重なり。冬乃は、口を噤んだ。

 

 (だって・・・しかたないじゃない)

 

 

 この恋は、障害どころじゃない、

 

 叶うには。

 

 時代を超え、

 そして、二人の人間の運命までを変えることになる、

 

 そういう禁断の恋。

 

 

 「ええ、満足です」

 失礼します。

 冬乃は、今度こそ会釈を送り踵を返して厨房へと入り。後ろ手に、

 話を断ち切るべく戸を閉めた。