「元周様!これには事情が……。」
「高杉は黙っとれ。言い付けを破っておきながらよくもまぁ迎えに来られたもんだ。
別に松子は寂しがっとらんぞ?我が可愛がって満足させてやっとる。」
その言葉に入江は眉間に深いシワを刻んで,蔑むような顔で見下ろしてくる元周を見上げた。
「そうじゃ。松子の背中のあの傷はどうした?昨日は疲れさせてしまったからな,すぐ寝てしもうて聞けなんだ。」
いつもならこんな挑発我慢できるのに,余裕のない入江は元周に向かって飛びかかろうとしてしまった。脫髮成因
「九一っ!」
慌てて高杉が取り押さえた。それでも睨みつけてくる入江を,元周はおぉ怖いと嘲笑う。
そこへ我慢ならんと千賀が踏み込んで元周の側に座り,思い切り太ももをつねり上げた。
「品のない冗談だこと。ごめんなさいね。背中の傷を見たのはこの人じゃないから安心して?
高杉様ご無沙汰しております。貴方が参謀さんね?妻の千賀でございます。」
千賀が頭を下げたのに合わせて高杉と入江も深く頭を下げた。
「松子は何しとる?」
「さっきまで一緒にお花を生けてたわ。今は本を読んでます。でもやっぱり掃除か料理がしたいって言ってるの。」
「そうか。好きなようにさせとけ。
それで……松子からある程度の話は聞いちょる。参謀,お前の話を聞こうやないか。何故女将なんぞの側におる。」
「三津を守る為にそれしか思い浮かばず……。」
「あっちの言いなりか。お前は策士と聞いておるが松子が絡むとそれも発揮できんか。松子は罪な女やなぁ。」
からから笑う元周の隣りで千賀も本当ねぇとお淑やかに笑っている。高杉は呑気な夫婦だなと半目で見てしまった。
「それでお前は女将の婿になるのか?女将は継いでくれる婿が見つかったと話して回っとるぞ?」
知られたくない噂を耳に入れられていた。入江は頭がくらくらした。あの女将どうしてくれようと強く拳を握り締めた。
「お前が何の策も思いつかずうだうだしてる間に後戻り出来ん所まで持っていかれるぞ?どうする,そうすれば本当に松子の傍には戻れんぞ?」
人の不幸を楽しむかの様に,にやにやしている元周が憎たらしくて入江は唇を噛んだ。
「あなた,意地悪しないで知恵を貸してくださいな。あの女将は参謀さんを手に入れたとしても松子ちゃんへの妬みは消えないわよ。
参謀さんを奪ったのに松子ちゃんが木戸様と幸せそうにしてるのを知れば,またその幸せを壊しに来る。
自分の不幸の原因を全て松子ちゃんになすり付けてるのだから松子ちゃんから全て奪い尽くすまで止めないわよ。」千賀の言う通りだと誰もが思った。
「参謀が身を売ったとこで松子への嫌がらせは続く訳だな。さてどうしたもんか。」
元周は顎を擦って千賀を見る。女の心情は女が一番分かるだろうと目で訴える。
「あの和菓子屋は奇遇にもうちも利用しておりますので手は無い事は無いですよ?
みんなの前で,女将が言いふらしてる話は真っ赤な嘘である事を公言し,松子ちゃんを苛めないように制裁を加えれば良いのでしょう?」
「千賀様お力をお貸しいただけますか。」
「勿論です高杉様。だから松子ちゃんはもうしばらく預かるわね?連れて帰って危険な目に遭わせたんじゃ元も子もないですから。
それに禿ちゃんはうちで大人気だから。あっ松子ちゃんってお幾つ?幼妻よね?木戸様ってそう言う趣味?」
高杉も入江も本当に頼って大丈夫か?と若干の不安を覚えた。
「禿……。幼妻……。三津は二十ですよ千賀様……。」
入江は心配になった。悪い様にはされてないみたいだが,今の扱いも良いのかどうか。