桂には早朝と夕方におにぎりを届ける約束をして名残惜しくもその日は別れた。
家に戻った三津は箪笥の引き出しを開けてみた。
「こんなに……。」
今まで触ったことのない量の金子が包まれて引き出しに入っていた。その金子の横にトキが使っていた覚えのある巾着。
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「おばちゃん……あの時は嫁がへんって言ってたやん私。」
三津は目を潤ませながら口元を緩めた。それからよしっ!と気合を入れて着ていた着物を脱いだ。
「ごめんなさいっ!」
着物に向かって手を合わせて謝って着物をわざと汚したり割いてみすぼらしく繕った。
「うん,これなら馴染める。」
仕上げにほっかむりまでして焼け出された町娘に扮した。
「すみませんけどついて来て下さいね。」
独り言を呟きながら脇差の風呂敷包みを背負って家を出た。
河原町方面に向かって歩く。どこも瓦礫の山で時折焼け焦げた何かに縋りついて泣く人に出くわした。
『酷い……。』
目を背けたくなる光景だがこれが現実なのだ。燃え尽きてどこに何があったかが分からない。多分甘味屋があったであろう場所を探して歩いていた。
『アカン……どこがどこか分からん……。』
半泣きになりながら歩いていると見かけた事のある顔を見つけた。
「あっ!あっ!」
扇子屋の主人だ。何度もお店で話し相手をしてくれた優しいおじさん。三津は知り合いに会えた嬉しさから全力で駆け出した。
「おじちゃん!おじちゃん!」
「え?あっ!みっちゃんか!?良かった!急におらんくなって心配しとったんや……。」
「ごめんね……ちょっとした縁があって……。ねぇ他のみんなは?」
ここに扇子屋の主人がいると言う事は……と周りを見渡して何もなくなる前の町の様子を頭に浮かべた。
「他のみんなも無事や。この近所の人らは早いうちから避難したからな。みんな火が及ばんかったお寺や神社に身を寄せとるわ。」
「誰がどこに逃げたかは分からんよね……でも無事なんやったら良かった!あとは自分で探してみる!」
三津は主人に向かってにっと笑った。その足ですぐにでも探しに行きたかったがここは一旦家に帰る事にした。
『何も考えずに走り回って土方さんとかに見つかったら大変や。』
隠れる建物すらなくなったこの場は危険だ。三津は急いで家へ戻った。家の近くまで来た時も誰かついた来てないか確認してから入る警戒心も身につけた。三津なりに学習した。玄関の戸を閉めて思い切り肺の空気を吐き出した。変な緊張感なのか高揚感なのかずっと胸はバクバクと大きく脈打っていた。
「お米あるっけ……。」
三津はまず食料を確認した。せっかくの二人の家なのに結局ほとんど藩邸に居た気がする。食料などほぼ取り置いてない。
「まだあるけど。」
何日保つだろうか。町のあの状況じゃ食料も簡単に手に入らないのではと思う。そしてやつれていた桂の顔を思い出した。
過酷な日が続くのなら体力はつけてもらわないと。
三津は自分の食べる分を少なめにしてあとは全て桂の為に使った。
三津は朝と夕刻に二条大橋まで行って橋の上から下を覗いて,桂が姿を見せるとおにぎりの包みを落とした。
手招きされる時は傍に寄ってもいい時でその時は喜んで土手を駆け下りた。
その生活が五日ほど続いて新たな転機を迎えた。その日は手招きをされて桂の傍に下りた。
「今日は話がある。よく聞いてくれ。」
いい報せか悪い報せか。三津はごくりと息を呑んで頷いた。
「だいぶ追手が迫っててね。出石へ行くことになった。」
「出石……とは……。」
どこですかと眉尻を下げて聞いた。どこであろうと桂と会えなくなる不安がのしかかる。
「兵庫の但馬と言う土地でね。そこに拠点を移して長州との連携を取る。君も連れて行ってあげたいんだけどね……。」