「そうですよね!毎日皆さん命懸けですもん。」
努めて明るく振る舞うも声は震えて細くなる。
『馬鹿正直な奴め。』
気を紛らわそうと鼻歌を歌うが布団を整える手はガタガタ震えている。
「てめぇは町で死体が転がってるのや晒し首には遭わなかったか。」
今ではもう日常茶飯事の光景を思い浮かべて問う。老爹鞋香港 俺らも結構働いてんだと口角を上げて。
『そんな自慢げな顔で言う話でもないでしょう…。綺麗な顔して…。』
整った顔立ちから出る物騒な言葉がより美しさを引き立ててるのか。
土方と見つめ合ったまましばし硬直した。
「で?どうなんだ。」
答えを急かされ三津は苦笑いで小首を傾げた。
「それに会いたくないから出歩くの控えてて…。」
目の前の綺麗な顔がみるみる歪んでいく。
眉間のシワが深くなる度,三津は後退りをする。なるべく障子に向かって。「なるほど,それで道が分からねえってか?」
じわりじわりと土方が三津に迫る。
「道も覚えねぇで甘味屋で甘えてたって訳か。その甘えた考えも根性と一緒に叩き直してやる。何があっても,何からも逃げる事は許さねぇ。」
鋭い目の奥を光らせ,口角をつり上げて,三津の胸ぐらを掴んだ。
三津の背後にはもう壁しかない。
「そ…それには事情が…。」
聞いてもらえないとは分かっているが一応足掻いてみる。
すると一瞬で視界は土方の顔だけになった。
「覚悟しやがれ。」
はいとしか言わせない。
醸し出す空気がそうたたみかける。
三津はこくこくと激しく上下に頭を揺らした。
でなければで逃げ出す前に命は無い。
――それから布団に潜り込んだけど三津はなかなか寝付けずにいた。
うとうとしては目が覚める。
『早く寝たい…。』
何度も寝返りを打って落ち着く向きを探した。
けど鼓動の落ち着きがない。
思い出してしまった。
町で見かけた死体や晒し首を。
『嫌でも見て来たもん…。』
町で幾度となくそれらを見て来た。
それが全て新平に見えてしまって何度その場で倒れかけた事か。
『神経質になり過ぎやったんや。早く寝ないと明日に支障が出ちゃう。』
三津は布団を深くかぶって無理やり目を閉じた。
『今日は珍しくよく動きやがるな。』
三津が寝返りを打つ度に聞こえる布団の擦れる音が耳障りで土方も寝付け無かった。
『いつもは死んだように寝る癖に。やけに動くじゃねぇか。』
それとも今日の自分が過敏になっているのだろうか。
いつもよりか目も冴えている。
「……おい。」
眠くなるまで話し相手でもさせるか。
衝立に向かって声をかけて返事を待つが部屋は静寂に包まれる。
「寝たのか?」
狸寝入りなら承知しねぇぞと,わざわざ体を起こして反対側を覗き込んだ。
丸まった布団は規則正しく上下していた。
どうやら眠りに就いたらしい。
『人の眠りを妨げといて先に寝るとはいい度胸だな。』
こっちは眠れる気がしないんだ。一人安らかに寝かせてたまるか。
土方は深く被った布団に手をかけて勢いよく捲ろうとした時,
「んー…。」
悩ましげな声で身を捩る動きに不覚にも土方の鼓動は跳ね上がった。
勢いよく捲るのは止めて徐々に顔が見える位置まで布団をずらした。
その寝顔に息をのんだ。
――――泣いてる…?
小さく丸まって眠る横に腰を下ろして胡座をかいた。
暗闇に目を凝らして横顔を見れば頬に涙の筋が走っていた。
握り締められてより小さくなった手も小刻みに揺れている。
「怖い夢でも見てんのか?」
そっと頭に手を被せ,夢の中にいる三津に話しかけてみる。
太陽の下で見る姿とはまるで別人。
この暗闇に溶けてしまいそうな線の細さ。
止まってしまうかもと思わせる息づかい。
何も語らない口元。
震えたままの手。
―――か弱い。