呼吸は浅く時折痛そうに顔を歪める

呼吸は浅く時折痛そうに顔を歪める。だけど蔵から助け出した時よりはマシに思えた。

 

 

斎藤はそのまま三津の傍らで胡座をかいたまま仮眠を取ろうとするが,やはり土方が訪ねて来ていた事が気になる。

 

 

『少し冷静になって気付いたのだろうか。easycorp 自分が間者への拷問としてコイツに手を上げたのか。それとも嫉妬からの行動なのか。いずれにせよ副長は三津を手放す気はないだろう。』

 

 

平穏な暮らし戻してやりたいが,ここまで深く関わりを持ってしまった。そんな暮らしに戻れるだろうか。

 

 

『副長の事だ。しばらくは様子を見てまた吉田が会いに来た所でコイツ諸共捕まえるに違いない。いや,もう間者として捕まえなくていいようにここで繋ぎ留めておく気かもしれん。』

 

 

次に二人が会うとすれば,もう長州者とは知らなかったが通用しない。

 

 

『主人と女将は気が気じゃないないだろうな。』

 

 

心配の余りきっと三津を迎えに来るのではないか。斎藤はそんな気がしていた。翌日,斎藤の予想通り功助とトキが屯所までやって来た。

全てを包み隠さず伝えて三津に会わすべきか決め兼ねていると,

 

 

「アイツが本当の事言わなくていいっつってんだろ。言う必要はねぇさ,今日はお帰りいただく。」

 

 

そう告げて土方が対応に出た。

門の前で足止めされていた功助とトキは土方の姿を見て深々と頭を下げた。

土方も二人の前まで来ると深く頭を下げた。

 

 

「旦那に女将,わざわざ足を運んでいただいたんだがまだアイツに会わす訳にはいかないんです。これはお二人も長州と何ら関わりの無い事を証明する期間でもある。

もうしばらく預ったらお返し致します。」

 

 

「一目会うのも叶いませんか……。」

 

 

門前払いも覚悟の上で来たつもりだが,もしかしたらと淡い期待も持って壬生までやって来た。功助は手を合わせお願いですと何度も何度も繰り返した。

 

 

土方は首を横に振るばかり。トキはポロポロ涙を零して懇願したが叶わなかった。

とぼとぼ引き返して行く二人の背中を見えなくなるまで見つめていると,

 

 

「本当に鬼ですね。」

 

 

総司がひょっこり現れた。

 

 

「長州に関わるとこうなるっていい見せしめにもなったろ。恨むなら俺らじゃなく吉田を恨むこったな。」

 

 

鬼だ人斬りだと蔑まれどんな悪名がつこうとも,誰に何と思われようとも平気だったが今回は何とも後味が悪い。

 

 

「お二人が吉田を恨むとは思えませんね。吉田は三津さんを好きで通っているお客。我々は何も知らなかった三津さんを捕まえて帰さない悪い奴ら。」

 

 

損な役回りだなぁと寂しそうに笑った。

 

 

「俺はまだ気になる事があんだよ。」

 

 

吉田の件はもういい。気になるのは色男。何だか釈然としないのだ。

 

 

「色男ですか?もしかしたらまた三津さんに会いに来るんじゃないですか?」

 

 

「あぁそうだな。」

 

 

その為には早く三津を甘味屋に返さなければならない。

ここで初めて三津に重傷を負わせた事を後悔した。

 

 

『何処の誰だか分からねぇその色男,しかと拝んでやるまで気が済まねぇな。』

 

 

色男と言うだけで気に入らないと言うのに三津を着飾らせて連れ出そうとしたのも気に入らない。そう全てが気に入らない。

土方はこれからの事を頭に描きながら自室に戻り,総司は三津の元へ向かった。「三津さん具合はどうですか?」

 

 

部屋を覗くと近藤と山南が居た。

二人は何の用?と三津の傍らに腰を下ろした。

 

 

「大丈夫,元気!おじちゃんとおばちゃん来てたんやってね。」

 

 

会いたかったけどこんな姿は見せられへんわと戯けた。

 

 

「すみません早く帰してあげたいんですけど……。」

 

 

「もうすぐ先生達が来るからね色々と相談してみようね。」

 

 

山南はもう少し辛抱してくれと優しく三津の頭を撫でた。

 

 

しばらくして先生とユキがやって来てそのまま三津を引き取ると言った。

三津は荷車に乗せられ診療所へ運ばれる事になった。

 

 

「痛いと思うけどごめんね。」

 

 

「なるべくそっと引きますから。」