残った本能は我が儘で,今すぐ振り返って彼の顔を見たいと言う。早く振り向けと急かす。
でもどんな顔して振り向けばいい?何を話せばいい?
「新選組に居るって聞いて驚いたよ。」
三津はぎくりとした。
優しい声の裏にある感情が分からなかった。
「…ごめんなさい。」
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三津は口を噤んだ。どうして?と言われても,そうとしか言いようが無かった。
「君は君の正しいと思う選択をして新選組に行った。そこで私の情報を彼らに密告したりはしてないんだろ?
もしそうだったら,彼らに捕まって屯所で再会してただろうしね。」
桂はくすりと笑った。
そんな再会のしかたならまっぴら御免だよ,って。
「彼らに私の事を話さなかったように,私も彼らの情報を君から聞き出すつもりは全くないよ。
君に求めているのはそんなモノじゃない。」自分を抱き締める腕に,暴れまくる鼓動が伝わってるかもしれない。
桂の言葉が体に響く度に心臓の音が激しさを増す。
だけど,嬉しくて仕方ない。
会いたいと思ってくれていた。
探してくれていた。
三津って名前を呼んでくれた。
「お…怒ってません?桂さんの敵の女中なんかやってるんですよ?」
嬉しいけど,手放しに喜んでいいものかとも思ってしまう。
嫌われたくないが故の不安。
「彼らは私の敵でも三津は違う。
でも土方歳三の女が君だと噂で聞いた時は少々腹が立ったね。」
土方歳三に対して。
三津に出逢ったのは自分の方が先だと言うのに,易々と三津を屯所に連れて行った。
しかも自分のモノにしたとなれば黙っちゃいられない。
「すみません…。」
でも誤解なんです。
言い訳したいのに言葉が続かない。
『やっぱり怒ってはった…。』
そう思ったら息をするのも苦しいぐらいで,三津は情けなく眉を垂れ下げて俯いた。
「腹が立ったのは三津に対してじゃないよ。
それに事実は違ったじゃないか。」
幾松から報告を受けた時は年甲斐もなく喜んだ。
もちろん心の中でだけ。顔はいつものようにすましていた。
「じゃあ何で腹が立ったんですか?それに何で幾松さんに壬生まで来させたんです?」
「彼が三津を独占してると思うと落ち着いていられなくてね。自分の目と耳で真意を確かめたかったけど,幾松に止められてしまったよ。
私が行くときかなくてね,だから彼女に任せたんだ。」
三津には桂が困ったように笑ってるのが,背中を向けていても分かった。
「そりゃ止められますよ…。」
そんな噂の真意を確かめる為に桂を壬生に出向かせるなんて事があっていい訳ない。
「幾松さんに心配かけちゃ駄目ですよ…。今もこんな事してる場合じゃ…。」
言い終わる前に三津の視界が変わった。目の前には桂の顔。
肩は左腕に抱かれたまま,右手が顎を固定して,唇には柔らかく温かい感触があった。
唇を離すと桂は両手で三津の顔を包んだ。
穏やかな瞳は以前と変わらず,あの時のままだ。
「私が三津に求めるモノは三津自身だ。」
三津の額に口付けを落とした。熱を帯びた三津の体は再び桂の腕の中。
「い…言ってる意味が分かりません…。」
いや,本当は分かる。
分かっているけど,素直になれない。「誰か見てるかもしれませんから!」
人の話し声や足にやたらと敏感になる。
まともに桂を見れなくて,目を伏せて桂の胸を押した。
「じゃあこれならいい?」
三津の落とした傘を拾い,それで姿を隠した。
片手は三津の腰に回したまま,離す気はない。
「駄目です!私は新選組の女中で土方さんの小姓なんです。
私の近くにいれば,桂さんは危険なんですよ?」
誰が見てるとかそんな小さい事はどうでもいい。
桂の命が危険に晒されてしまう方が問題。
『近くに居る人が死ぬのは嫌や…。』
それが土方や沖田の手によってなされてしまったら,きっと耐えられない。
「桂さんには幾松さんが居てはるやないですか。
こんな子供をからかうやなんて酷いです。
お願いですから離して下さい…お願いします…。」