三津は顔だけが急激に熱くなる

三津は顔だけが急激に熱くなるのを感じ俯いたまま目を泳がせた。

 

 

 

「なっ何で斬られたんですか? 顯赫植髮 誰にやられたんです?」

 

 

 

反応に困ってあわあわしながら質問を投げかけてみたが男は黙り込んで苦笑いを浮かべた。

 

 

そのまましばしの沈黙の後,ただ苦笑いを浮かべていた男が口を開いた。

 

 

「壬生浪士に出会ってね。」

 

 

壬生浪士…。

京の町では人斬り集団として名を馳せている浪士組だ。

 

 

「いきなり斬られたんですか?」

 

 

この人も志士狩りに遭ったのか。

 

 

自分の住む町の治安の悪さに顔をしかめていると男は話を続けた。

 

 

「酒を飲み交わした帰りだったんだけど…。

彼らは私の事が相当嫌いみたいだね。だいぶしつこく追い回されたよ。危うく狩られるところだったね。」

 

 

男はさも他人事のように言ってのけ苦笑いから一転,何だか余裕の笑みまで浮かべている。

 

 

「……少し狩られてますけど?」

 

 

手当てをし終えた左腕を指差しながら込み上げてくる笑いに耐えた。

 

 

男は少し恥ずかしそうに

 

 

「…そうだね。」

 

 

と呟いて頭を掻いた。

 

 

和やかに二人で笑い合った。

 

 

「…って笑ってる場合ちゃいますよ!そんな人らに追われてて家まで帰れるんですか?」

 

 

何て暢気な人なんだ…。自分の命が危ないと言うのに…。

 

 

三津の方が頭を抱えて唸り声を上げた。

 

 

男からすれば何故見ず知らずの自分の身を案じ,世話をしてくれるのか不思議で仕方ない。

 

 

「大丈夫,彼らもねぐらに戻る頃だろう。」

 

 

心配そうな眼差しを向けてくる三津を安心させようと優しく頭を撫でてみた。

 

 

「もし見つかったら?」

 

 

不安げに三津が問うと

 

 

「逃げるのは得意だよ。」

 

 

と男は自信たっぷりに胸を張った。

 

 

『逃げ切れんかったから斬られたんじゃ……。』

 

 

なんて野暮な事は胸にしまい,頭に被さった温かみのある手の感触に目を細めた。そんな三津の肩を,聞いて聞いてとたえが揺さぶる。

 

 

「お三津ちゃんが家に帰ってる間ね,ずーっと私を“三津!”って呼びはったんやで?

事ある毎に“おい三津!”とか“三津お茶!”とか。」

 

 

「…失礼な人ですね。」

 

 

自分で帰しておいて,しかも自分よりも長く勤めてるたえの名を呼び違えただと?

 

 

腕を組み,頬を膨らませてけしからんと腹を立てた。

 

 

「お三津ちゃん,そうやなくて…。」

 

 

たえは苦笑して首を横に振った。

 

 

「それだけ間違えるってのはずっとお三津ちゃんの事考えてたからやと思わへん?

きっとお三津ちゃんで頭の中がいっぱいやったんちゃう?」

 

 

 

 

“君の事しか頭にないんだ。”

 

 

 

桂に言われた言葉がふっとよぎった。

それだけで体が熱を帯びる。

にやけそうになるのを堪えて,両手で頬を押さえた。

 

 

「あ,まだこんな所に居やがったか。」

 

 

「噂をすれば…。」

 

 

たえはくすっと笑って肘で三津をつついた。

 

 

「噂?」

 

 

土方さんは眉間にシワを刻んで三津を睨みつけた。

 

 

「何でもありません!医者なら明日必ず行きますから!」

 

 

『あぁ駄目だ…。桂さんを思い出したら顔がにやける…。

でもアカンアカン,知られる訳にはいかへん!』

 

 

三津は両手で顔を押さえて首をふるふる振った。

 

 

「やっぱ熱あんじゃねぇか?」

 

 

土方の手が三津の額に触れる。

 

 

「熱はねぇか…。だが,油断すんじゃねぇぞ。しっかり体温めやがれ。」

 

 

 

“しっかり体温めなさい。”

 

 

 

どくん…と心臓が脈打つ。

土方の言葉にさえ桂を重ねてしまう。

 

 

「あ…。あの大丈夫ですから!仕事に支障はないようにしますから!」

 

 

相手は土方なのに目が見れない。

三津は頬を赤らめて足早に逃げ出した。

 

 

「…何だあいつ。」

 

 

「さぁ?あ,お茶飲みたかったんちゃいます?お三津ちゃんの淹れたやつ。」

 

 

棘のある言い方に虫の居所が悪くなった。

完全にこの三日間の無礼を根に持たれてしまった。

 

 

「さっきのは照れてるんちゃいますか?

お三津ちゃんも十八やし,男の人を意識してもおかしい事ないと思いますけど。」

 

 

確かに三津の動揺っぷりは変だと思った。

今まで顔を寄せようが押し倒そうが全く動じなかったのに。

 

 

『体調不良でも,頭がおかしくなった訳でもねぇのか…。』

 

 

あの三津が,恥じらいを覚えた。