『本当に置いてかれると思ってるの?
馬鹿な子だな,三津が迷子になったって誰も得しないし。
ま,そこが憎めないんだけど。』
三津に分からないように頬を緩めて河原を後にした。以前と同じ道を通るのでは面白くない,どうせなら違う道を通って三津を混乱させてやろう。
吉田の悪巧みが冴える。
少し遠回りをすれば一緒にいる時間も長くなる,純粋に二人でいたいとも思いながら甘味屋を目指した。
「前と道違うんちゃいます?」
それに気付いた三津は吉田の思惑通り不安げにきょろきょろと目を動かして落ち着かない。
だが急に三津は足を止めた。
着物を引っ張られた吉田の足も止まる。
「何?」
三津は寂しそうな目で真っすぐ続く脇道を見つめている。
「この道は知ってる,通ったことある。」
道を見つめるその目から誰と歩いて知った道なのか吉田はすぐに分かった。
「彼と歩いたんだ?」
三津が見つめる先に顔も知らない男と仲睦まじく寄り添い歩く姿を見てしまった。
治まっていたはずの嫉妬心が動き出す。
「そんな顔になるなら見なければいいだろ。」
目に浮かんだ光景を消し去りたくて三津を引っ張り,歩く速度も上げた。
『思い出して泣くぐらいなら忘れてしまえ。
その穴ぐらい埋めてやる。』
心の中では言えるのに言葉になるのは突き放すだけの冷たいものばかり。
ちらっと右斜め後ろを見てみると三津は完全に俯いてしまっていた。
「…まだ彼が一番なんだ。」
すると三津はうんと頷いた。
分かりきってた答えなのに吉田の嫉妬心が顔を出した。
「じゃあ聞くけど,会えるけど色んな女の人の所に通える桂さんと,会えないし触れられないけど誰のものにもならない死んだ彼だったらどっちがいいの?」
三津は大きく目を見開いて顔を上げた。
『違う…。
こんな言い方したいんじゃない。』
瞳を揺らしながら見つめてくる三津に吉田の胸は苦しくなる。
「何でそんな言い方するの?桂さんも新ちゃんも私には大事な人やのに…。」
勿論吉田だって大事な人に入ってる。
なのにそんな言い方をされて三津は激しく動揺した。
着物を掴んでいた手も力無くするりと落ちていった。
吉田もこうなると分かっていながら素直になれず,
「三津には俺の気持ちなんて分からないだろ。」
苛立ちをぶつけるような言いぐさをしてしまった。
『そうじゃないだろ,ごめんって言えよ。』
吉田の眉尻も下がる。
言葉は喉の奥で止まったままだ。
三津は軽く唇を噛むと,目を伏せて吉田の横を走り抜けた。あの日以来,吉田が甘味屋に現れなくなった。
『もし来たら何も無かったように笑って出迎えよう。』
そう決めていた三津だったが,決意も虚しく全く音沙汰は無い。
それでも日常に変わりは無く,今日も常連さん達で店内は賑わっていた。
その輪の中に三津も混じり,世間話に花を咲かせていた。
「そうや,昨日そこの旅籠で長州のもん匿ってた言うて主人と女将が新選組に捕まったらしいで。」
大人たちが恐い恐いと体を震わせながら顔をしかめたが三津は一人きょとんとしてしまった。
『新選組?初めて聞いたな。』
政に疎いから口は挟まず話の続きに耳を傾ける。
「長州の人らを追い出して京にも入れんようにしたらしいやないの。」
「え?何で?」
そこは流石に黙ってなかった。
理解が追いつかない。
『待って?長州が追い出されたなら吉田さんと桂さんは?』
血の気が引いていくのが分かる。
とにかく事情を把握したい。
長州が追い出された経緯の説明を大人たちに求めた。
吉田が来なくなった理由はそこにあるかもしれない。
「何や御所で薩摩と会津を相手にもめたらしいで。」