「馬子にも衣装って言わないん

「馬子にも衣装って言わないんですか?」

 

 

三津は袖を広げて見せながら真剣な顔をした。

 

 

「そう言って欲しかったの?期待外れでごめん。今からでも言ってあげるよ。」

 

 

吉田が喉を鳴らしながら三津の期待に応えようとすると,三津は慌てて首を横に振った。

 

 

「そんな事言わないって,了解肺癌眾多成因,盡力預防減風險 だって似合ってる。」

 

 

遠くから見たら本当に三津だって分からなかった。

 

 

『確かにこう言うのを馬子にも衣装って言うんだろうけど。』

 

 

吉田は不覚にも見惚れてしまったんだ。

だから冗談でも言うまいと密かに決めていた。

 

 

『それをわざわざ自分から言ってくるとはね。』

 

 

真剣な顔をしていた三津は口を一文字に結び耳まで赤く染めていた。

 

 

吉田はただ似合ってると言っただけ。

可愛いだの綺麗だの美人だとか女が喜ぶ言葉は何一つ口にはしてない。

 

 

それでも三津は似合ってると言われたのが嬉しくて着物を見てささやかな笑みを浮かべた。

 

 

「ところで三津は食欲は戻ったの?

前よりやつれたってみんな心配してた。」

 

 

吉田は三津を散歩に連れ出した目的を果たすべくさり気なく話題を変えた。

 

 

「やつれた?

今はちゃんと食べてますから。」

 

 

そう言えばしばらくお粥ばっかりの生活だったなと懐かしむように遠くを見つめた。

 

 

確かに前よりは頬も痩けたかもと両頬を手のひらで包み込んだ。

 

 

「美味しい物食べてもっと元気になりなよ。」

 

 

そう言って三津の頭に手を乗せれば,

 

 

「河原で一緒に食べたみたらしめっちゃ美味しかった!」

 

 

目をきらきらと輝かせて見上げてきた。

 

 

「うちのみたらしが美味しいのは当たり前やけどあの時食べたのが一番美味しく感じた!」

 

 

『それは俺と一緒だったから?』

 

 

自惚れた冗談を思いついた時,

 

 

「稔麿?」

 

 

落ち着いた声に呼び止められた。吉田はこの声の相手を待っていた。

 

 

その為にも三津を連れ出したのだから。

 

 

「驚いた,三津さんと一緒だなんて。」

 

 

吉田の陰にいた三津を覗き込んだのは桂だった。

 

 

「桂さん!……稔麿?」

 

 

三津の目が丸くなり忙しく動き回る。

 

 

「久しぶりだね,それにしても見違えた。」

 

 

桂は感嘆の声を漏らし,もしかしたら自分の贈った簪を挿してくれてるかなと三津をじっくり見ようとする。

 

 

それを阻むように吉田は三津の前に立って背中に隠した。

 

 

そのせいで三津は桂と吉田の表情を窺い知る事が出来ない。

 

 

「これから幾松さんの所へ?」

 

 

吉田は悪びれた様子も見せずに不敵な笑みを桂に向ける。

 

 

桂は否定も肯定もせず涼しげな目元でこちらも笑みを浮かべて吉田の挑戦的な目を見据える。

 

 

「幾松?」

 

 

蚊帳の外にされた三津は控え目に吉田の後ろから二人を様子見た。

 

 

『何の話だろ。

幾松さんて…誰やろ。』

 

 

「三津さんあれから彼とは話し合えたのかな?」

 

 

 

吉田の背後からひょっこり出て来た顔に合わせて桂も腰を落とした。

 

 

“幾松”の事には触れずに済まそうとしたのだけれど,それを簡単にさせないのが三津の前に立ちはだかる曲者。

 

 

「嫌だな桂さん,三津は今私といるんですよ?

なのに他の男の話を出すなんて不粋じゃありませんか。

それより幾松さんがお待ちかねでは?」

 

 

桂は参ったなと苦笑して自分を見つめてくる丸い瞳をじっと見つめた。

 

 

「また今度ゆっくり話そうね。」

 

 

手を伸ばしてその頬に触れたかったけれど,それは叶わず今回は退くことにした。

 

 

三津はゆっくり頷いて去って行く桂を見ているしかなかった。

 

 

「びっくりした…。

吉田さん長州の人やったんや。」

 

 

「捜してる壬生狼のお兄さんには内緒だよ。」

 

 

吉田は悪戯っぽく笑って三津の肩を軽く叩いた。

 

 

流石にそれはしないよと苦笑いで頬を掻いた。

桂と初めて会った夜にも約束したのを思い出した。

 

 

「桂さんと仲悪いの?」

 

 

表情は分からなかったが吉田の言葉に刺々しさを感じていた。

 

 

「悪くは無いよ。

と言うより桂さんは立場的にも上だし。

親しいとか親しくないの話ではないね。」

 

 

『偉い人なんだ桂さん。そう言えば私何も知らないや。』

 

 

幾松の名を思い出すと何だか胸の奥が疼く。

 

 

 

『桂さんの特別な人なんかな…幾松さん。』