いまのあいつは、奈落の底にいるみてぇに独りで苦しんでる。俊春も同様だろうよ。その苦しみに、不覚にも触れるのが怖かったんだ。くそっ!おれに勇気さえありゃぁ・・・」
おれたちにというよりかは、自分自身にいいきかせているにちがいない。
副長は太腿に肘をおき、そのまま両掌に
つまり、土壇場になるまで、子宮內膜異位症 みにゆくかどうかはわからないわけだ。をうずめた。
副長だけではない。島田やおれも、俊冬が苦しんでいることはわかっている。そして、それに寄り添うことなど、到底できぬということも。
「かなり思いつめた様子でした。まさか、一人で局長を助けだすつもりでは?」
「いえ、島田先生。そんなことを局長が許すわけはないですし、そのときになって局長が逃げるとは思えません。そのことは、おれたち同様、俊冬殿も承知しています」
「では、香川など、敵の主要人物を暗殺するとか?いや、拐かすとか?」
「それらも、局長の意にそいません。それに、かれにすれば、暗殺したり拉致するのは、ある意味難しくないでしょう。それこそ、一時(約二時間)もあればすむ話です。弟のことを託すなんて、よほどのことですよ」
島田にいいつつ、自分のなかで推察してみる。
「かっちゃんにかかわりのあることってのは間違いねぇ」
を埋めたままささやく。
現代でみた、漫画や小説やドラマや映画のなかで、こういうストーリーはなかったろうか。
「局長の斬首とひきかえに、こちら側の強硬な主戦論者を暗殺するとか恭順させるとかっていう密約を、敵としたとか」
自分でいいながら、馬鹿馬鹿しいと思ってしまう。
密約、というところでうしろめたい気持ちになるだろう。が、敵は戦をしたがっている。わざわざ俊冬にさせずとも、実力で殺すなり屈服させることは簡単なこと。
くそっ・・・・・・。まったく想像もつかない。
明日、板橋の総督府に嘆願書を持参し、とっ捕まって牢に放り込まれる。もしも俊春に会うことができれば・・・・・・。
いや・・・・・・。そもそも俊春はしっているのだろうか。流山で兄貴と別れる際、あっさりしたものであった。
俊冬は、弟に話しているのだろうか。
なんだかんだといいながら、あの二人は異常なほどおたがいを思いやっている。それこそ、自分の身よりもはるかに。
のことを隠していたのは、おれたちにもであろうが、兄貴に心配させたくないという気持ちが一番おおきかったからにちがいない。
それと同様、俊冬ももしかすると・・・・・・。
しかし、隠しているというのもどうだろうか。俊冬は、自分になにかあれば、弟に後事を託すくらいはするだろう。
「このことは、ここだけの話にする」
おれの考えがスパイラル状態になってきたところで、副長のささやき声がきこえてきた。
「俊冬は、おれの密命で任務についてる。おれは、このまま宇都宮へゆく。そのあとのことは・・・・・・」
副長は、いまだ両掌にを埋めたままである。
俊冬もそうかもしれないが、副長もまた苦しんでいる。
「主計、明日からしばらく不自由になる。ゆっくりしておけ、といっても案じてできねぇだろうが・・・・・・」
「副長、おれは大丈夫です。横になって瞼を閉じたら眠ってしまう体質ですから」
おれのことを案じてくれる副長に、とりあえずは倫理的に許されるであろう範囲で嘘をついておく。
「一人にしてくれ」
そういわれれば仕方がない。島田と二人で一礼してから立ち上がり、廊下にでた。
『相棒、副長を頼む』
縁側のすぐまえでお座りしている相棒に、ジェスチャーで命じる。
相棒はふんっとすることなく、おれをみている。
了承してくれている、と理解しておこう。
廊下を曲がる際に振り返ってみると、まだそのままの姿勢でいる副長の背は、いやにちいさくみえた。
「主計、ここなら一人でゆっくりつかえる」
廊下を曲がってしばらくあるいた部屋のまえで、島田が障子をひらけながらいった。
なかをみると、六畳ほどのなにもない部屋である。
「充分ですけど・・・・・・。島田先生、先生の部屋は?」
「みなといっしょだ。おかしなものでな。これだけ部屋があるというのに、みな、いっしょの部屋がいいらしい」
島田は、そういって苦笑する。
「その・・・・・・。おれも、一人ではさみしくて。それに、副長にはああいったものの、眠れそうにありませんし。よろしければ、いっしょに・・・・・・」
「おいおい、主計。わたしは、副長や伊庭君ほどかっこうがよくないし、そもそも・・・・・・」
「ちょっ・・・・・・。島田先生まで、やめてください。そういうのは誤解です。みなさんの妄想、捏造、創作にすぎません」
「そうだろうか。副長への想いは、局長をのぞいてはおまえが一番熱そうだが」
なんてこった。そんなふうに思われてるのか?
「まぁいいだろう。わたしも、眠れそうにない。話をするのなら、付き合おう。それ以外なら、お断りだ」