「ちょ、ちょっとまって

「ちょ、ちょっとまってください。いったい、なんの謎解き問題なんです?なにゆえ、副長やおれが、あなた方を恨んだり軽蔑したりするんです?意味がわかりませんよ」

 

 声のトーンが、無意識のうちに高くなっていっている。いまにも、キレてしまいそうだ。

 

 だが、そんなおれを、子宮內膜異位症 かれは気弱な笑みでかわそうとする。

 

「おいっ、俊冬っ!治療の助手をしちゃくれねぇか?」

 

 そのタイミングで、建物の窓から松本が叫んできた。

 

「いまにわかる」

 

 そして、その一言を残し、かれは建物のほうへと去っていった。

 

 なにもいい返せず、喰い下がることもできなかった。

 

 このときそうしていれば、はたしてなにかがかわったのであろうか・・・。

 

 おれをじっとみている相棒の

 

 相棒は、俊冬の脚許にお座りし、めっちゃ心配げなをみつつ、おれは俊冬の謎だらけの言動に思いをはせた。

 

 

 陽が長くなりつつある。マイ懐中時計が六時をまわっても、灯火が必要ないほどあかるい。俊冬が、食材を仕入れにいき、医学所の厨をかりて夕飯をつくってくれた。

 

 もちろん、松本ら医師や患者、小者らのためにである。副長とおれと相棒は、あくまでも余り物をいただくていである。

 

 江戸前の卵焼きと鶏肉と小芋の煮物、それとわかめと豆腐の味噌汁である。

 

 じつは、今戸にいる島田たちにもっていくため、もち運びできるレシピをチョイスしたとか。

 

 島田らには、卵焼きと煮物、それからウメのおにぎりをもってゆくらしい。

 

 煮物はさることながら、卵焼きがめっちゃうまい。

 

 卵焼きは、塩インで焼いたものが、おれにとってはフツーである。それに、醤油をかけて喰う。一度、親父の故郷にいったとき、親類のおばさんが焼いてくれた卵焼きが砂糖インで、衝撃的であったのをいまでもはっきり覚えている。もちろん、それぞれ育った家の味というのがあるので、どれがいい悪いではないのだが、口に入れた瞬間、「甘っ」ってなってしまった。でも、すごく素朴でうまかった。以降、どこかで砂糖インの卵焼きを喰うたびに、親父の故郷のことを思いだしてしまう。

 

 余談だが、目玉焼きは塩コショウで焼いてのしょうゆ派である。よく取り沙汰される話題であるが、おれはこの一択でブレない。

 

 この卵焼きは、出汁がきいてて甘い。ごはんがめっちゃすすむ。

 

 

 古典落語の「王子の狐」の舞台になった王子にある玉子焼きの老舗は、たしか1600年代中頃の創業であったと記憶している。局長の大好物「ふわふわ卵」も江戸の人たちには人気だが、その老舗の玉子焼きもかなり人気だとか。

 

 あいにく、その老舗の玉子焼きを喰うチャンスはなかったが、この卵焼きはそこにひけはとらぬはず。

 

 医学所の人たちも、うまいうまいと喰っていた。

 

「こりゃぁ「扇〇」のよりうめぇな」

 

 松本である。蘭方医なのに、卵焼きを人の二倍も三倍もおおく喰い、コレステロールを摂取しまくっている。

 

「あそこのはうめぇが、買うのにときがかかっちまう」

 

 口コミがすごいし、食べログの評価も上々。関東の番付は大関ミシュラン級ともなれば、人々はこぞって買い求めようとするだろう。

 

 日本人が並ぶのは、なにも現代だけではない。

 

「二人は、ときどきつくってくれてな。みな、よろこんでる。いまにもくたばりそうなじいさんまで、あいつらの料理喰いたさに、新撰組に入隊したいっていって笑ってた」

 

 喰いながら、松本が笑う。

 

「しかも、病人にはその病にあった調理法でつくってた。どこで覚えたんだろうな」

 

 そして、声をひそめていう。

 

「局長のストレス性胃炎、もとい、胃の腑の痛みも、かれらの料理やリハビリ、もとい按摩や鍼などでよくなったんですよ」

 

 おれがいうと、松本は苦笑する。

 

「近藤さんの胃の腑を屯所で診たとき、かなりひどいんでしばらく湯治場で休息するよういったほどだ。肩の怪我のとき、ずいぶんとよくなってたんで、てっきりしばらくゆっくりしてたんだと思ってたが……」

 

 松本は卵焼きを頬張りつつ、ぶっとい頸をひねる。

のものです。いかに法眼の頼みでも、あいつらを譲ることはできませんよ」

「なんだって、土方?けちくせぇこと、いってんじゃねぇよ」

 

 松本は、口のなかの卵焼きをごっくんし、つぎは飯を頬張りつつ、副長にクレームをつける。

 

 いまのは、副長が話の視点を意図的にずらしたのであろか…・・・。