は、リアルなおれをみ

は、リアルなおれをみているのか?それとも、その恩人の姿をみているのか?

 

 その恩人について、もっとききたかった。が、教えてはくれないだろう。すくなくともいまは。

 

「よしよし。兼定、みたか?ぽちたまは、おれの気に負けて勝負を放棄した。夜が明けたら、みなにいいふらしてもいいぞ」

 

 副長は、子宮腺肌症治療 うんうんと満足げにうなずきつつ、相棒にジョークを投げつけている。

 

「あの・・・。さしでがましいようですが、副長との勝負は兎も角、「」で型を披露していただけませんか?穢れるだなんてとんでもない。正直、「」の力をひきだせていないおれより、ぽちに遣ってもらうほうが親父は喜ぶはずです」

 

 口の形をおおきくし、「之定」を俊春のほうにおし戻す。

 

 俊春のみえているほうのに、驚きとうれしさがないまぜになったような光がともる。

 

「ぽち。せっかくの機会だ。「之定」を感じさせてもらうといい。副長。しばし、こいつにときをやってもらえますか?」

「ああ、いくらでも。おれも、みてみたいしな」

「ありがとうございます。ぽち。ぐずぐず泣いてばかりいては、主計の親父殿に笑われる。おまえの力の一部を、副長と主計と兼定と・・・」

 

 俊冬は右の人差し指を立てると、それを星々の瞬く空へと向ける。

 

「あの世にときの概念があるかどうかはしらぬが、主計の親父殿にご覧いただくのだ」

「はっ」

 

 俊春は、また「之定」を三本しか指のないほうの掌でつかみつつ、こちらへ一礼する。

 

「主計、ありがたく遣わせていただく。おぬしも、感じてくれ。いまからみせるものが、おぬしにとって励みになることを、切に願う」

 

 どういう意味なのだろう。それをはかりつつ、無言でうなずく。

 

 かれはおれたちから2、3mほど離れて立ち、「之定」の柄を夜空に向ける。柄頭を額にぴたりとあて、鞘を胸におしつけ、じっとしている。瞼を閉じ、口中でなにかを唱えているのか話しかけているのか、口許がわずかに動いている。

 

 それが数分間つづき、瞼をひらけるとすばやく「之定」を尻端折りした左腰に帯びる。

 

 こちらに体ごと向き直ると、深々と一礼する俊春。

 

 ふと相棒をみおろすと、喰いいるようにかれをみつめている。それは副長も同様で、ライバルの技を盗もうというよりかは、一番弟子の成長を見届けようとする師匠のようなである。

 

 親父は、おれの「無双直伝英信流」も学んでいるが、警視流の流れを組む警視流木太刀形と立居合の遣い手である。

 

 警視流とは、明治になって制定された警察の剣術である。それが、太平洋戦争を経、形をかえつつ受け継がれているのである。

 

 親父がやるのは剣道がほとんどで、居合はめったにやらなかった。たまに、警察の道場で型の練習をしたり、後輩たちに指導したりするくらいである。

 

 餓鬼のから、剣道をやる親父もかっこよかったが、居合の型をやる親父もすっげーかっこいいって、餓鬼のから思っていた。だから、おれも剣道だけでなく居合もやったのである。

 

 1の・・・。

 

 いま、眼前で一つ一つ型を披露しているのは、まぎれもなく相馬龍彦。つまり、おれの親父である。

 

「親父・・・」

 

 左の掌の甲で、あふれる涙を拭っていた。相棒の綱を握っていたはずの掌の甲で。

 

 相棒の「くーん」という声がしたような気がしたが、気のせいかもしれない。

 

 副長が左から、俊冬が右から、それぞれ掌を肩に置いて支えてくれなかったら、しゃがみこんでしまったかもしれない。

 

「主計。よくみてくれ。感じてくれ。弟は「之定」を通じて、おぬしとおぬしの親父殿を感じ、のだ。あれが、あいつの力の一部。ゆえに、さきほど、弟はおぬしに励みになってくれることを願う、と申したのだ。はやすぎる別れを、悲しんだり恨んだり憎んだりするのではない。仲間とともに、進むべき道を迷わずあゆむために・・・」

 

 俊冬のささやきは、おれだけでなく副長の 俊冬のささやき声が耳に心地いい。催眠術にでもかかったかのように、頭がぽーっとする。俊春からそらすことができない。

 

 俊春もまた、涙を流している。それを拭おうともせず、ただひたすら「之定」をふるう。

 

 その涙は、なんのために流しているのか・・・。いったい、なににたいして慟哭しているのか・・・。

 

 このとき、おれはその意味も理由もわからずにいた。

 

 親父からのメッセージなのか、あるいは親父になっている俊春自身の、無言の叫びなのか。

 

「之定」の空気を斬り裂くするどい音が、うるさいほどである。そして、ふるわれるごとにおこる剣風は、それをみつめる者の髪を揺らし、背後に茂る葦までも怯えさせる。

 

 異世界転生で、イタコか死者を召喚する黒魔術師でもやっていたのであろう・・・。

 

 余裕のない精神状態で、そんな馬鹿なことが浮かんで消えたことに、正直驚いてしまう。

 

「主計、大丈夫か?」