「桜司郎ーーッ!大変だッ」

「桜司郎ーーッ!大変だッ」

 

 

 そこへ山野が勢いよく駆け寄ってくる。声が頭に響き、その不快感に思わず睨み付けた。

 

「八十八君……。何、どうしたの」 信托香港

 

「お、お、沖田先生の婚約者が挨拶に来た!先生、ついに身を固めるんだってよ!」

 

 

──こんやく、しゃ……?

 

 

 それを聞いた途端、がくりと足の力が抜ける。咄嗟に欄干へ手を付いた。

 

「おい、大丈夫か?まあ、驚くのも無理は無いよなァ。沖田先生も水臭いぜ、そんな相手が居るのなら教えてくれたって良いのに……」

 

 

 なあ?と同意を求めるように話しかけるが、返事は無い。 数日後。沖田の縁談はとんとん拍子に話しが進み、残すは祝言のみとなっていた。聞けば実はハルは天涯孤独の身であり、下手なしがらみも無い。その上近藤が尽力しているため、此処まで段取りが上手くいっているのだという。

 

 

 この日一番組は夜番であるが、沖田は祝言の支度があるために、指揮は死番兼伍長の桜司郎へ一任された。

 

 

──いつかはこうなると覚悟していた筈なのに、これ程までに衝撃を受けるとは。情けない……。それでも武士の端くれなのか。

 

 浮かない表情をする桜司郎の肩を、山野が叩く。

 

「桜司郎……大丈夫なのか。まだ具合が悪いなら、俺が死番変わるよ」

 

 死番とは隊の先頭を切って歩く隊士のことで、踏み込みにおいても一番に行かなければならない。そのため、最も危険な役回りだった。

 

 

 その申し出に、桜司郎は首を横に振る。

 

「ううん、大丈夫。沖田先生から任されているのだから、遂行したい」

 

「桜司郎……。分かった」

 

 

 ハア、と息を吐けばそれは仄かに熱い。気を抜けば崩れてしまいそうだったが、そこは武士としての意地があった。腰の刀へ手を伸ばし、柄に手を乗せれば、気付け程度だが気が引き締まる。

 

 くるりと後ろを向き、背後へ整列した隊士を見やった。

 

「今日は祇園方面か。…………一番組ッ、これより夜の巡察へ参る!」

 

 高らかに宣言し、さっさと門を潜っていく。死番や指揮自体はこれまで幾度も行っているため、さして問題では無い。身体や心の方も、隊務となれば切り替えて無にすることは出来た。

 

 

──私もずっと成長した。だから、きっとこの痛みも乗り越えられる。負けるな、鈴木桜司郎。沖田先生から名を分けてもらった時の誓いを忘れてはならない。

 

 

 きりりと前を睨み、神経を尖らせて暗がりを進んでいく。

 

 客で賑わう祇園へ到着するも、幸いにして可笑しな行動を取る輩は現れなかった。

 

 良かったと安堵の息を漏らし、八坂の塔を回って五条大橋から帰営しようと足を向ける。

 

 だが、少し歩いたあたりで、

 

「ッ、嫌ァァ──ッ!」

 

 

 つんざくような女の悲鳴が聞こえた。途端に空気が張り詰め、桜司郎は声の方角を睨む。

 

 

「二人組になり、それぞれ小路を進みます。何か見付けたら、笛を吹いて合図をして下さい」

 

 その指揮を聞いた隊士達はさっさと二人組を作ると、それぞれ駆けていった。桜司郎は山野と組み、同じように狭い小路を進んでいく。

 

 

「──桜司郎、こっちだ!血の臭いがするぜ」

 

 

 鼻の良い山野が何かを嗅ぎ付けたため着いていくと、そこには短刀を手にした男と、刺された女が倒れていた。山野は手にした笛を吹く。

 

 

 桜司郎は素早く刀を抜きながら、男の動向を見た。