「何だとはご挨拶やな。……なあ、沖田センセ。もう今夜は諦めまひょ。また熱でも出したら隊務へ障りますさかい」
「いえ。もう少しだけ、待ちます。私は今夜のために来たのですから」
その言葉に、月經血塊 山崎は小首を傾げた。今夜、と何故断定出来るのかと不思議で仕方がない。
「沖田センセの、その自信は何処ぞから来はるんです」
「夢でのお告げですよ。名を分けたからですかね?何故か見るようになってしまって」
その言葉に、山崎は眉を顰めた。血を分けた親子ですら、そのような現象は耳にしたことも目にしたこともない。それなのに、名を分けたくらいで……と山崎は心の何処かで侮っていた。
人柄も良く腕も抜群に立つ沖田のことは敬愛しているが、どうもこのような独特の感性を発揮するところは好きになれない。
そう思ったその時だった。アッと沖田が声を上げる。
「やま、ざき……さん。あれ」
沖田のか細いような、驚いたような声に、山崎は前を見る。
遠い前方に、ゆらりと人影が見えた。月が悪戯に厚い雲に隠されたり現れたりを繰り返しているせいか、視界は不明瞭であるが、確かにあれは人に見えないこともない。思わず、手にしていた行灯を落としてしまい、火が消えてしまった。
「まさか。木か何かやろ……」
有り得ないと思いつつも、山崎は目を凝らした。木か、はたまた別の通行人か。それが桜司郎だという確率はほぼ零に等しい。
「私、行ってみます」
沖田はそう言うと雪を踏み込み、人影へ近付いて行った。 この辺りの雪は水分を多く含んでいるのか、足に染み込んではまとわりつく。だが、それすら気にならなかった。
あと少しというところまで近付くと、沖田は足を止める。向こうの人影もこちらを警戒してか、歩みが止まったからだ。
高鳴る鼓動を落ち着けるようにハァ、と息を吐けば白い霧が眼前に広がる。目を凝らしても、暗雲が月を隠す闇の中では顔が確認できなかった。
もどかしさを感じながら、沖田は思い切って一歩踏み出そうとする。
その刹那───。
びゅう、という風鳴りと共に月が顔を出す。頭上へ被さるように重なった木々の合間から、雪の煌めきと共に目の前の相手の顔がはっきりと見えた。
「おき、た……せんせ……?」
声の主、目の前の相手──桜司郎は目玉が零れ落ちそうな程に見開いている。衝撃のあまりか、一歩後ずさった。
小鳥がるような柔らかい声に、沖田はドクンと鼓動が高鳴る。寒さなんてもう頭の何処にも無かった。
「は、い。……桜司郎さん」
そう言えば、桜司郎はそれを現実だと認識したのか、たちまち顔を歪める。そして一歩、一歩と沖田へ近付いた。
「せんせ、沖田先生……ッ」
沖田も歩み寄ると、桜司郎の頬へ手を伸ばす。触れる自身の手も冷たいが、その頬はより冷たかった。だが、触れるうちにしっかりと血脈が通った温かみが感じられる。
沖田の視界はぼんやりと暖かな膜で濁った。それを隠すように、腕を広げると目の前の小さな身体を包む。
「……桜司郎さん。本当に貴女なのですね」
触れた身体からは鼓動の音が聞こえた。それが酷く嬉しくて仕方がない自分に気付く。
「どうして、何故……?信じられない。沖田先生、本当に?」
桜司郎は未だに混乱しているのか、沖田の背に手を回しながらも何度も疑問を口にしていた。
「貴女が……。何時まで待っても帰って来ないから。迎えに来てしまいました」
「迎えにって、沖田先生お一人で……?どうして私が此処を通るって分かったのですか」
「それは、」
その問いに答えようとした時、いつの間にか二人の横に山崎が呆れたような表情で立っている。