翌日の早朝

 翌日の早朝に桜司郎は旅立つ。何度か長旅をしているからか、支度は随分と慣れたものだ。

 

 仲が良い山野と馬越には隊務と嘘を吐き、本来の目的を知る沖田だけがその背中を見送った。

 

 桜司郎へ与えられた刻限はひと月である。事後避孕藥原理 頭に被った菅笠のつばに手をかけると、深く被り、目を細めた。懐には、"留魂録"が入っている。

 

 

 伏見から舟に乗り、大坂まで向かうと早駕籠へ乗った。岩国の近くまでそれで向かい、後は慎重に歩く算段である。そこまでの早駕籠と言うと、その料金も酷く嵩むものだが、彼女には臨時収入があった。旅立つ前に沖田から多額の金子を貰ったのだ。

 

 その出処は以前近藤から沖田へと渡された、殆ど手付かずの旅の支度金である。一日でも多くの時間を過ごせるようにという配慮だった。

 

 

 

 幾日も揺られ、やがて岩国へと到着する。以前の記憶も頼りに道を進めば、一番の難所といえる関所へと辿り着いた。

 

 偽の通行手形を手に、その中身を詳しく改められないように、幾許かのをこっそりと握らせれば存外容易に通過出来た。

 

 それに安堵しつつ、ひたすらに高杉らのいる馬関を目指す。

 

 道すがら所々に先日の長州征討の痕が残っており、痛ましさすら覚えた。

 

 

 

 日が暮れる頃には、山口にて旅籠を取り、布団の上へ横になる。明日の昼過ぎには馬関へ入ることが出来るだろうというところまで来ていた。

 

 だが、桜司郎の表情は何処か浮かない。

 

 

「…………何だろう、この感じ」

 

 その脳裏には歩いてきた道や光景が浮かんでは消えた。昨年に坂本らと通った道とはいえ、既視感があまりにも強い。恐らくこれも"桜之丞"の記憶なのだろうか。

 

 そのようなことを思いつつ桜司郎はおもむろに"留魂録"を取り出すと、頭上へ掲げる。それを持ち出した記憶が全く無いのにも関わらず、何故か懐へ入っていた。

 

 まるでそこだけ意識が乗っ取られたような、切り取られたような気味の悪い感覚だけが残されている。

 

 

「……桜之丞は、私に何を求めているのだろう。貴方は……一体、何がしたいの……」

 

 

 そう呟くと、旅の疲労もあってか、うとうとと瞼が重くなった。本を落とさぬように顔の横へ置くと、力尽きたように規則的な寝息を立て始める── たわわに実った薄紅色の桜の花びらが目の前を横切る。前髪がふわりと優しく暖かな風に揺られ、"桜花"は誘われるように目を開けた。

 

 

『──ここは、何処?』

 

 辺りを見渡せば、一面に草原が広がっている。風と共に草花がそよいでいた。

 

 足元が寒いと思い、下を見遣る。すると、たちまち桜花は目を丸くした。

 

 

『ぅ、わッ!な、な、何?この破廉恥な格好!』

 

 気付けば自身は膝の見える短い袴のような物を履き、半袖の薄い洋装を纏っている。それに赤面しながら、両手で肩を掻き抱いた。

 

 

 その時、一際強い風が吹く。すると、目の前にはいつの間にか人が立っていた。

 

 漆黒の髪を後ろで結い、折り目の正しい仙台平の袴に柿渋色の着物。色白の肌に、やや彫りの深いスッとした顔立ち。くっきりとした目元には、琥珀色の瞳が覗いていた。それでいて、ガッシリとした肩幅に上背がある。

 

 体格を除けば、まるでその容姿は──

 

 

『……あ、あ……。わ、わ……私?』

 

 桜花は目玉がこぼれ落ちそうな程に目を見開き、自然と震え出す指を前へ向ける。

 

 

 

『私は……