翌日の夕方

翌日の夕方、土方は沖田を伴って島原の近くにある居酒屋へ繰り出した。

 

「土方さんと二人だなんて、久々じゃないですか?誘ってくれるなんて、珍しいこともあるんですね」

 

 沖田はニコニコと笑いながら、朱古力瘤手術 目の前に出された膳に手を付ける。甘く煮た栗が美味しいと目を細めた。その様子はまるで江戸に居た頃と変わっていない。子どもをそのまま大人にしたような純粋さがあると、土方は苦笑を浮かべた。

 

 

「俺もお前も忙しいからな。……なあ、総司」

 

「何でしょう」

 

「俺に……何か隠していることは無えか」

 

 

 その言葉に、沖田は箸を止めて真意を探るような視線を目の前の男へ送る。隠し事は二つあった。桜司郎が性別を偽っていること、そして労咳であること。

 

 どちらかがバレても不都合だと冷静に考えた沖田は、いつものように柔らかい表情で笑った。

 

「……何の事ですか?嫌だな、私を疑うなんて」

 

 

 最近、誤魔化すことが上手くなった自負がある。苦しさもつらさも全て抑え込んで、笑顔を作れば皆安心したように騙されてくれるのだ。

 

 

 だが、土方はそれが気に食わなかったのか、更に眉を顰める。

 

「嘘を吐けば、士道不覚悟で腹を詰めさせるぞ」

 

 全てを見透かしたような、鋭い視線を向ければ沖田は俯いた。

 

 

──土方さんは何か勘づいている。参ったな、どうやってこの場を切り抜けよう。

 

 

 頭を絞って考えていると、肺腑がざわざわとし始めた。これは咳の発作が出る前兆のようなものだ。

 

「あの、へ、」

 

 目の前で咳き込む訳にはいかないと、沖田は慌てて立ち上がろうとする。

 

 だが、その腕を土方が掴んだ。驚いた拍子に呼吸が乱れる。

 

「ゲホッ、ゲホゲホッ、」らず、何とかこらえていた筈の咳が出てきた。胸を揺すられるような衝撃にそれは止まらず、息苦しさに背を折る。

 

 総司、と土方が珍しく慌てたような声色を出した。

 

 沖田は袖に口を当て、少しでも咳を静かなものにしようとする。その努力すら、土方には物悲しいものに見えていた。

 

 

 やがて発作は治まり、沖田は肩で呼吸を繰り返す。

 

「……いつからだ」

 

 悔しそうな声が頭上から聞こえ、全てバレてしまったと沖田は顔を歪めた。顔を上げると、まるで自分のことかのように切なげな表情をした土方と目が合う。

 

「お前のその咳は、労咳だろう。いつからだと聞いている。……俺ァ、元々薬屋だぜ。誤魔化せると思ったのかよ」

 

 

 そのような顔で言われてしまえば、もう嘘を吐き通すことは出来なかった。沖田は眉を下げ、薄い笑みを浮かべると観念したように口を開く。

 

「……何となく気付いたのは、去年の夏頃でした。自分の身体のことですもの」

 

 

 その言葉に、土方は目を見開いた。

 

 

「……そのことは、誰か知っているのか」

 

 そう尋ねるが、沖田は首を横に振る。

 

 土方は皮膚に爪が食い込むことすら厭わずに拳を固めた。目の前の弟分が、ずっと一人で不治の病と戦い、そして今の今まで隠し通して来たのだと思うとやり切れない気持ちで胸が押し潰されそうだった。 どうしてもっと早く気付けなかったのかと、土方の胸の中には後悔の念が渦巻く。片手で額を押さえ、目を瞑った。

 

──きっとその予兆はあったはずなのに、何故俺は見逃したんだ。

 

 

 自然と部屋の中には静寂が漂う。外ではいつの間にか風が出てきており、ガタガタと戸を揺らした。

 

 

 

「……総司、お前は江戸へ戻れ」

 

 やがて先に口を開いたのは土方である。

 

「俺の実家に力を貸して貰えるように文を書いておく。