うなってしもうたが」
入江の言葉に久坂は頷く。懐かしさに浸るがあまり、涙は止まっていた。
「そういやァ、富途新聞 あの絵で栄太の事は出てこんかったな。付け足すとすれば俺は栄太は風じゃと思う」
「ほう、何故じゃ?」
久坂は慈しむように空を見上げる。
「普段はそよ風のように穏やかじゃが、怒ると暴れ牛の高杉すら止めてしまうような力があるじゃろう。勿論、烏帽子の俺も、木刀の入江も、棒切れの狂介も飛んでいってしまうけぇ」
松下村塾で学んだ後に、脇に稲穂が揺れる畦道を二人で歩いた時の事を思い出した。
夕陽を見上げる栄太郎の横顔は風に溶けてしまうのではないかと思える程に、何処か儚くて美しかった。
涼し気にしながらも、心の内には熱い志を秘めていることを誰よりも久坂は知っている。
「それは言えちょる。ほんじゃ先生は木じゃな。ドデカい大木じゃ…。狂介はどうかは知らんが、少なくともワシは先生から全てを教わった。生まれたようなもんじゃ」
入江は得意気にそう言った。
その時、風がそよいでは木が笑うようにざわめく。
二人は口には出さなかったが、まるでそこに栄太と先生がいる気がする、と感じていた。
「…もしあの世へ行ったら、絵の続きを俺らで付け足してやろう」
「ああ。…栄太に怒られてしまうのう。なして来たんじゃと。ワシは栄太に怒られるのは苦手じゃ、そうならんように気張るしか無いのう」
入江は気が重いと言わんばかりに肩を落とした。それを見た久坂は笑う。
「それじゃ…、俺も怒られるような事を教えちゃろう。栄太と言えば、想い人が出来たんじゃ」
久坂は取っておきの話を暴露した。
この場に吉田が居たら顔を真っ赤にして怒り出すだろう。
「え、え、えええ栄太に!?あの女子の事になると になる栄太にか!?」
それを聞いた入江は素っ頓狂な声を上げた。久坂はニヤリと笑う。
「そうじゃ」
「そりゃあ愉快じゃ!どねぇな美人じゃろう。冥土の土産に一度で良えから、会うてみたいもんじゃ」
入江は空を仰ぎながら、そう言った。その言葉に久坂は考え込む。
「…実は、俺もそう思うとったんじゃ。栄太からの文に、いつか妻にと書いちょった。栄太がそねぇに惚れ込んだんはどねぇな女子じゃろうか…」
反吐が出そうな程に優しくて不器用な男なのだ、あれは。廓遊びもせず、実直に国を思い。
その中で初めて惚れた女だけを慈しみ、仕舞いには命までかけようとした。そこに居たのは白岩誠介改め、志真与三郎だった。
吉田からの文を久坂へ手渡した後、腹を切ろうとした所を久坂が止め、半ば無理やり連れてきたのである。
志真から の最期を聞き、自分が京に居れば助けられたのかも知れないと悔やんだものだった。
「久坂様、どねぇされましたか」
「君は、栄太の想い人について知っちょるか」
その質問に、志真は眉を動かす。そして小さく頷いた。久坂の横にいた入江は表情を明るくすると、志真に近付く。
「その か?」
矢継ぎ早に飛び交う質問に、志真は唖然とした。
「…見目は麗しゅうと思います。そして心根が優しい女子かと。妓ではありません」
「ならば…町娘ってところじゃな。気になるのう…」
町娘では無く、新撰組の屯所で下働きをしていると言えばきっと面倒なことになる。そう判断した志真は頷いた。
久坂は顎に手を当てて、何かを考え込む。それに気付いた志真は視線を入江から久坂へ移した。
久坂は何かを決意したように志真を見る。
「…のう、志真。その女子を連れてくるこたぁ可能か?どねぇしても