「桂さんも苦労人じゃが、俺も中々の苦労人じゃ。来島さんはよう吠えちょるわ」
大きな溜め息を吐き、頭をガシガシと掻く。
「こういうのは俺よりも温厚で淡々と物申す栄太の方が適任じゃ。俺だとカーッとなってしまう。いつ刀を抜いても可笑しゅうない」
苦笑いをしながら、子宮內膜異位症 更に酒を煽った。
「仕方ない。僕の家柄では要職なんて夢のまた夢じゃけぇ。刀は抜かんように漆で固めりゃええ」
「漆って…。俺はどう戦えばええんじゃ。今時家柄でどうこう言うのも馬鹿げとるのう。いつか俺らで壊してやろう」
久坂はニッと笑うと、吉田の肩に腕を回す。
「これからは頭の時代じゃ。栄太は必ず大成する男じゃけぇ。…と、そういやあの坊主はどうしたんじゃ。栄太が作った「…いつまで肩を組んでいるんじゃ。秀三郎は此処に世間話をしに来た訳じゃなかろうて」
吉田は冷たい視線を向ける。久坂は肩をすくめると、途端に真剣な表情になり吉田と対面するように座り直した。
「のう、栄太。俺はな、先程言うた来島殿らの進発論を進めようと思う」
久坂は吉田の肩をガシッと掴む。吉田の目が僅かに見開かれた。
「何故じゃ?下手すりゃ長州は御家断絶になる」
「目障りな薩摩、福井、宇和島の藩主らが京を出たと聞いた。これは好機じゃ。今こそ毛利様に京へ御足労頂かねば。なぁに、今すぐではなくそういう準備を整えて頂くだけじゃ」
「そうか…それは一理ある。いつまでも指を咥えて待っている訳にはいかない」
吉田が同意したのが余程嬉しかったのか、久坂は立ち上がる。
「流石は栄太じゃ!よし、今から島原へ行こう!祝杯じゃ」
既に決定された事柄のように久坂は草履を履き出かけようとするが、吉田は首を何度も振った。
「ぼ、僕は行かんッ!島原なんて行かんでもここで酒は飲めるじゃろう。なして来る度に色町を薦めようとするんじゃ」
その様子に久坂は苦笑いをし、土間へ座る。
「のう、栄太。俺は君を買っている。じゃが、栄太はあまりにも実直すぎて心配じゃ。女を知れ。そうすればもっと広い視野が持てるけぇ」
「…女…など、無用じゃ」
俯きながらそう苦々しく呟く吉田の脳裏には先日の桜花の姿が浮かぶ。あの白さ、柔らかさを思い出す度に罪悪感に襲われた。そして鼓動が早くなり落ち着かなくなる。
みるみるうちに吉田の耳、顔が赤く染まった。
「ほほう…何故そう思うんじゃ。俺の勘じゃが…何かあったな。ほれ、この百戦錬磨の秀三郎に言うてみい」
久坂は再び床へ上がり直すと、吉田の横に胡座をかいて座り込む。
吉田は言うべきかどうか迷ったが、自分では解決しきれない物だと判断し口を開いた。「実はーー」
桜花が新撰組にいることと、薄緑の持ち主であること、そして名前は伏せて吉田は一部始終を話す。
神妙な面持ちでその話を聞いていたが、久坂はみるみる笑顔になった。
「な、何が可笑しいんじゃ!折角人が恥を忍んで話したというのに…」
吉田はキッと久坂を睨み付ける。その照れた表情が可愛らしかった。
「いや、可笑しいんやない。嬉しいんじゃ、俺は」
久坂からの返答に、吉田は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべる。
「嬉しい…、何故じゃ」
「栄太、それはな慕情というものじゃ。君はその女子のことを好いとるんじゃ」
慕情、と言葉を頭の中で何度も繰り返した。恋い慕う気持ちのことを差す言葉である。
「いや、そんな筈は…」
「ある!もしその女子が他の男と仲良うしていたらどう思う」
桜花さんが他の男と…。吉田は思案顔になり、眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「栄太。こういうんは、そんな深く考えることじゃのうて、本能じゃ」