家に帰ると

家に帰ると、母は仕事からまだ戻っていなかった。

 誰もいない家のなかを横断し、冬乃は二階へ上がってゆく。

 

 (なんでこんなに疲れてるんだろ・・)

 

 精神が時を行き来する異常な現象は。International School 冬乃の平成での肉体に、現実的な影響を与えているのだろうか。

 

 ベッドに腰かけてすぐ、そのまま横になって目を閉じた。

 

 いつのまにか寝てしまって、起こされたのは母の食事で呼ぶ声だった。いつも通りに会話もなく食事を終えて、シャワーで済ませてすぐまた横になる。

 

 (今日は問題なく眠れそう)

 

 考えてみれば、心は苦痛の中に沈んだままなのだ。

 こうまで気だるく疲れているのも、そのせいなのかもしれない。

 

 

 これから、

 沖田と千代、

 運命の二人を、引き裂かなくてはならない。

 

 (決して許されるはずのないことを私はしようとしているのだから)

 

 

 だけど、どうやって。

 

 

 (それに・・)

 

 沖田を千代から遠ざけ、沖田が結核を発病しなくて済んだとしても、

 本当にそれが、沖田の幸せにつながるのだろうか。

 

 運命の存在を、奪うことが。

 

 

 (もっとも、それが出来るのなら、の話だけど)

 

 

 だが、冬乃は実際に、

 藤堂を大怪我から護れた。

 安藤を致命傷から救えた。 彼らの運命を、変えてしまえる可能性を、その影響力を。冬乃は確かに抱えているのだ。

 

 

 

 (そもそも、・・また戻れる・・んだよね?)

 

 

 冬乃はどうしようもなさに、大きく息を吐いた。

 

 (絶対に何かあるはず、戻れる方法が・・)

 

 そして。帰ってきてしまう方法も。

 

 

 (思い出して。何か見落としてるはず)

 これまでの、行き来で。

 何か、共通していることは、本当に無いのか。

 

 

 (寝て行けるわけでもない、おなかすいてても、すいてなくても戻ってくる、時間帯・・天気・・・)

 

 ひとつひとつ思い起こしながら、冬乃は溜息をついた。

 やはり、まちまちだ。

 

 

 (みのまわりの現象でないなら、そばにある物・・?)

 

 道着を着ている時もあれば、裸の時もあった。制服の時もあった。何も持っていない時もあれば、財布を持っている時も。

 ベッドがある時もあれば、ない時もあった。

 

 場所までもまちまちだ。

 

 物にも共通点があるようには思えない。

 

 (じゃあ後は・・、そばにいる人とか・・?)

 

 (千秋と真弓・・なわけないもんね・・)

 もとい、彼女たちは居る時もあれば居ない時もあった。

 

 

 (・・え、待って)

 

 ・・・ひとり。

 必ず、居た人があったことに。

 

 冬乃は。気づいて。 (え・・・でも、・・・)

 

 何で

 

 

 おもわず冬乃はテーブルの上の携帯を見やる。

 そういえば、また連絡先を聞くのを忘れた。

 

 

 (統真さん、・・・・)

 

 

 彼が。

 常に、冬乃の行き来する時、必ずそばに居た、唯一の人ではないか。

 

 

 (いや、でも)

 やっぱり偶然では・・

 

 (だけど、他に、おもいあたる共通点なんて、ある?)

 

 

 「どういうこと・・・・?」

 

 おもわず声にしてしまいながら、

 連絡先をまたも聞き忘れた以上、何か尋ねてみることもできそうにない、と溜息をつく。

 (千秋たち、聞いておいてくれてたりしないかな・・・)

 

 携帯に手を伸ばしかけて、

 冬乃はだがすぐに、自嘲に手を止めた。

 

 どちらにせよ。

 彼に何を聞くつもりかと。

 

 

 (何か、まだ統真さん以外にも、行き来した時の共通点はきっとあるはず)

 

 

 

 

 

 ・・・そして。気づいたら朝だった。

 

 考えているうちに電気も消さずに寝てしまっていたらしい。

 

 

 (ていうか)

 体が、昨夜よりもだるい。

 

 (起きなきゃ・・・)

 目だけ動かして壁の時計を見れば、八時に近く。

 (学校、遅刻しちゃう)

 

 つと、玄関のチャイムが鳴った。 「まだ起きて・・・学校へそろそろ支度・・・のにあの子ったら」

 すぐに出たらしい母の声がところどころ聞こえてくる。

 

 (誰と話してるの・・?)

 

 「無理に起こさず、今日は・・を休ませたほうが・・・・思います」

 

 

 (・・統真さん!?)

 

 冬乃は起き上がろうとしかけて、

 

 

 

 

 霧を見た。