沖田氏縁者。

 沖田氏縁者。おそらくは、沖田の恋人・・内縁の妻、ではないかといわれている女性で。

 

 彼女の名前さえわからない。

 新選組ゆかりの寺である光縁寺の過去帳に、

 大人の女性につけられる戒名と、亡くなった日付、そしてただ、沖田氏縁者、とだけあり。

 

 そして今、moomoo 冬乃の目の前に立つ酒井は、

 

 明治を過ぎたころにその彼女の供養に来たとおもわれる人物の、養父。

 

 

 (いったい、どういう関係があるんだろう・・)

 

 

 「お待たせ致しました。向かわれる場所まで、警護いたします。どうぞ籠へ」

 

 「かたじけない。では高槻の御屋敷へ・・いや、その前に立ち寄る箇所が・・、同様に付近ではありまするが」

 「お構いなければご一緒いたします。尚、ねんのため簾はお下げください」

 

 「それと、彼女は組で使用人をしている者です。ご一緒させていただきます」

 沖田が冬乃を見て、言い添える。

 「冬乃と申します」

 冬乃は慌てて名乗った。

 「冬乃殿、御足労おかけ致します」

 酒井の返事に、冬乃は恐縮してお辞儀で返した。

 

 すでに沖田から三倍の駄賃を手にした籠かきが、ほくほく顔で、酒井の乗り込んだ籠を持ち上げる。

 

 その横につきながら、沖田が微笑う。 近藤のことだろう。冬乃は時々辛そうにしている近藤を思い出した。

 「それはおいたわしい・・」

 人の良い酒井の同情する声がそして届いた。

 

 

 やがて冬乃たちは、その医者の家へ到着し。

 「あら、酒井様」

 酒井が籠から出てすぐに、音を聞きつけた様子で、後家とおもわれる女性が玄関から出てきて。

 

 「お元気でいらっしゃったかな、」

 酒井が笑顔で挨拶する。

 「少々ご無沙汰してしまいました。じつは郷へ帰っておりまして、今日はその土産をお持ちしたのです」

 「まあ、嬉しい」

 

 「え、酒井様?お久しぶりでございます」

 

 可愛い声が、後家の後ろから響いた。

 

 

 (・・あ)

 

 冬乃の目が彼女を捉えた瞬間。――見えない力に、頭を殴られたかのような衝撃が、

 駆け抜けて。

 

 息もできず、

 

 冬乃は、現れた彼女を見つめていた。

 

 

 直感としか、

 それは、呼びようがなく―――――

 

 

 (・・この人が、)

 

 

 沖田の縁者として、

 

 眠ることになる女性だと。 ――そして、

 

 「・・あの、」

 玄関に現れたその女性は、

 冬乃を見るなり、声を掛けてきた。

 

 「どこかで、お会いしたことは、ございませんか・・?」

 

 

 「お知り合いでいらっしゃるか?」

 酒井の驚いた声に、冬乃は彼をぼんやりと見返す。

 

 

 (この時代に、知り合いなんて)

 

 いるわけがない。なのに、

 

 

 ――――この既視感は、いったい・・・

 

 

 

 冬乃は戸惑ったまま沖田へ視線を向けていた。

 沖田もまた素直に驚いた様子で、冬乃と彼女を交互に見る。

 「知り合いなの?」

 そして尋ねてくるのへ。

 

 「いえ、」

 なんとか声を絞り出して冬乃は。

 

 「・・・申し訳ありません。お会いするのは初めてかと・・」

 答えて。

 

 

 「そう・・かしら。不思議ね」

 彼女が呟く。

 

 

 「皆様、玄関で立ち話もなんですから、どうぞ中へ」

 

 後家が微笑んで促し。酒井がそうですなと頷いて、中へと向かうのへ、沖田が、では、と後へ続く。

 

 「・・・」

 「貴女様もどうぞ早く」

 冬乃は、立ちすくんでいた足をむりやり動かして、従った。 

 

 風鈴の微かな音が時おり奏でられる、縁側の座敷で。

 

 「喜代と申します」

 後家の女性が、最初に名乗った。

 

 「そして娘の、千代です」

 明るく花の咲きこぼれるような笑顔で、彼女も。

 

 「沖田といいます。そこの新選組におります」

 「新選組で使用人をしております冬乃と申します」

 

 出された茶に酒井が手を添えながら、

 「沖田殿には、先程、危ないところを救っていただいた」

 沖田との出会いを説明する。

 

 「とんでもない。大袈裟ですよ」

 沖田が返すのへ、

 

 「ですが、あのまま不逞の輩と押し問答していたら、或いは彼らの仲間に駆け付けられてどうなっていたかも分かりませぬゆえ」

 

 「まあ、いったい何がありましたの?」

 そんな酒井に、喜代が驚いた声を上げた。

 

 「それが、何やら人違いをされましてな。危うく、その人と間違われて暗殺されるところだったかもしれんのです」

 「いやだわ、なんてこと」

 本当に物騒な世ですこと、と喜代が溜息をつく。

 

 「ところで今日はもう往診には行かれたのですかな」

 気を取り直すように酒井が、話題を変えた。

 

 「ええ、お昼前に」

 

 それから喜代が冬乃たちに説明してくれた話では、