「着終わりました

「着終わりました、・・有難うございます」

 二人に声をかけると、沖田が振り向き、

 「そういや、土方さんが留守の時でよかったね」

 笑いかけてきて。

 

 冬乃は、その笑顔にとくんと心の臓を跳ねさせながら、おもわず釣られて「ハイ」と頷いてしまった。

 土方の前回の怒り具合を思い出したのか、moomoo 山南が向こうで、フフと微笑ったのが聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 冬乃がその体には大きすぎる沖田の褞袍を、ちょっと重そうに引きずって使用人部屋へ戻ってゆく。その可愛らしい後ろ姿を目に沖田は、

 冬乃が先ほど己の前に現れてから、急速に満たされるように埋まった心の隙間に、

 その単純なまでの己の反応に。苦笑せざるをえなかった。

 

 冬乃がまたいなくなってから、暫くは心にぽっかり空いたその隙間と、

 そこへ吹きすさぶ寂寥に傷む己に、驚きながら過ごしていたものだが。

 それにもとうに慣れ、ここにきてはむしろ、もう彼女が戻ってこないならばそれも悪くないと、

 

 はなから好きになるべきではない相手であり、想いが深まるよりも前に、このまま想い出の中へ仕舞ってしまえるならば、それが一番いいのだろう、

 そんなふうに思い始めていた矢先に。彼女は戻ってきた。

 

 嬉しさが先立ち。 だが、また振り回されるのかと溜息をつきたくなる気分が、少々。

 

 どうせまた、気づいたらいなくなる。

 そしていつかは、そのまま戻ってこなくなるだろう。

 

 それなのに、己は。

 

 

 

 

 

 

 

 (沖田様の褞袍・・)

 部屋まで着て戻っていいよと言われ、立ち上がったら、思いのほか裾が長く。続いた重さに驚きながら部屋へ戻って襖を閉めた冬乃は、

 まだ着たままに、つい胸前で褞袍を抱きしめた。

 

 その温かな重みは、後ろから沖田に包まれているような錯覚さえ冬乃に与えていて。

 (ずっとこのまま着てたい)

 

 勿論そういうわけにもいかないので。

 暫しのち、冬乃は諦めて代わりの着替えをとるべく押し入れへと向かった。 

 着替えを終えて沖田に褞袍を返し、冬乃は外に出た。

 

 冬もあと少しで終わりとはいえ、まだまだ凍てつく寒気に身を縮こませ、淡い日差しの中を厨房へと向かう。

 

 茂吉たちに、これまた恒例の挨拶をして、さっそく昼餉の支度に加わりながら、

 冬乃の思考は早くも手元の調理から逸脱し、統真の謎について向かっていた。

 

 

 (やっぱりわからない)

 どんな因縁があって、彼が冬乃にタイムスリップを引き起こすのか皆目見当がつかないのだ。

 そもそも統真本人が、この状況を知っている様子も無い。

 

 何か本人すら預り知らぬ特殊能力でも備えているのだろうか、と、もはやSFもびっくりな現象に笑ってしまいそうになる思考の中で冬乃は、

 (とはいっても)

 同時に唸る。

 

 彼が傍にきた瞬間にタイムスリップが発動することは明白となった今、

 次は、彼にむしろ冬乃に会いに来ないように、何らかの方法でお願いするしかなくなるではないか。

 

 (でなきゃ、毎回ここに長居できないまま・・)

 

 だが、医者の卵として、冬乃のことをあれこれ心配して乗り掛かった舟だとばかりに責任感すらもって訪ねてくれる彼に、会いに来るなというのも失礼極まりなく。 現状、冬乃のもっぱらの心配は、いま山南の件が落ち着く前に、また平成へ帰されてしまわないかということだった。

 

 失礼な祈りにはなるが、今は未だ平成の冬乃に彼がまた会いに来ないことを祈るより他ない。

 

 茂吉に指示された用意すべき食事の量は、前回いた時と比べてかなり増えていて、

 冬乃は、近藤たちが江戸から連れて来た、そして同時期に大阪でも集われた新入隊士の人数が加わっているのだと思い出した。

 

 

 案の定、広間にやっと大量の膳を並べ終えた頃に入ってきた隊士達の中には、全く初見の人も多く。

 

 隊士のほうも、初見の冬乃の存在に驚いているようだ。

 もっとも顔見知りの隊士たちも、久しぶりの冬乃の登場に、驚いたように会釈を送ってきてくれて。

 

 そうこうするうちに沖田が入ってきて、冬乃をあたりまえのように自分の隣へと手招いてくれた。

 

 それだけで十分すぎるほどほっとした冬乃だが、そっと座りながら、

 こうして傍には居させてくれても、心の距離は遠く保ったような態度をまたきっとされてしまうのだろう、と心のなかで項垂れる。

 

 いや、考えてみれば、冬乃にとっては未だ一日と経っていなくても、沖田にとっては四ヶ月以上も経っているのだから、