沖田の声はひどく穏やかで

沖田の声はひどく穏やかで。冬乃は、かえって悲しくなって沖田の目を見れずに、

 

 「山南様は・・」

 湯呑の、水鏡をかわりに見つめた。

 

 「・・山南様のご意志で、避孕方法 切腹されることを選ばれたのですよね・・」

 

 人の世に疲れ果て、その先の諦念を心に懐き、受けとめ。安らかに、投げやりとは違うかたちで山南が選んだ最期は、組の強固な礎となる死だった。

 

 

 「沖田様は・・」

 

 つらりと、水鏡が揺れた。

 

 

 「沖田様なら、どんな“死”を望んでらっしゃるのですか」

 

 

 山南と同様に恐らくその心は諦観に触れながら、山南とは正反対の、これからも血にまみれる道を選んでゆく沖田が、

 彼ならば、

 どんな最期を望むのか。

 

 聞かなくても。冬乃にはもう、殆ど手にとるように判っている。

 

 確かめるべく。静かに見上げた冬乃へ、

 沖田が目を細め。

 

 「近藤先生の進退を決するような大事な戦さの際に、先生を」

 

 当然のように、告げた。

 

 

 「護り抜いて戦場で死ぬ。できれば先生の介錯で。そういう死」

 

 

 冬乃の手は湯呑を握り締めた。

 「・・たとえばですけど、もしその頃に、生涯を誓って愛する女性がいたとして」

 

 「その方と添い遂げて迎える死と、どちらかを選ばなくてはならなかったら、どうされますか」 

 まるで、おかしなことを聞くと云わんばかりに。沖田が微笑った。

 

 「俺にとっては、先生が全てだよ」

 

 

 

 

 今、これを聞くのは。公平では無いのかもしれない。

 

 その場になっては、病床の千代を見捨てられなかったから沖田は病がうつる危険も顧みず、最期まで看取ったのだ。

 

 

 (それでも、・・・)

 

 否、

 

 だからこそ。

 

 

 

 

 

 「聞かせていただいて有難うございました」

 

 「どうしたの、こんなこと聞いて」

 

 「・・山南様の潔さに・・感銘を受けて、沖田様ならどうされるのか、その、少し知りたくなったんです」

 

 何故

 とは深追いしてはこなかった。

 

 沖田は唯いつものように穏やかに、ふっと微笑って。次には冬乃を覗き込んだ。

 

 「貴女なら、どう死にたい」

 

 

 「・・・」

 冬乃は俯いた。

 

 

 貴方の盾になって死ねたなら

 

 

 たとえ剣豪の彼の盾になるなど叶いそうにはなくても、ずっとそう願ってきた。

 それに、沖田が死ぬのを見ることなく先に死ねるのなら幸せだろう。

 

 けど今は。

 

 

 (貴方が望みどおりの死を迎えることを、見届けたい)

 

 

 「わかりません・・・」

 

 呟くように答えた冬乃に、

 

 「そう」 沖田があっさりと相槌を打った。

 

 顔を上げた冬乃に。

 

 「貴女がいずれ可愛い御婆さんになって、孫に囲まれて往生するよう、祈ってるよ」

 冗談ともとれぬ笑顔で沖田が、そんなふうに言ってきて。冬乃は驚いて、おもわず沖田を見つめた。

 

 

 まもなく近藤達が部屋に戻ってきた物音がして。

 沖田がつと冬乃の瞳から視線を外し、湯呑を盆へ戻した。

 

 「ごちそうさま」

 

 その挨拶に冬乃は慌てて会釈を返して。立ち上がり局長部屋へ戻ってゆく広い背を茫然と見送った。

 

 

 (深い意味は無いのわかってるけど・・)

 

 沖田の口からそんなふうに言われたら。

 冬乃はそれだけで泣きたくなるほど嬉しいと思うなんて、彼は分かってもいないに違いない。

 

 (相手にもしてない女に、そんなこと言っちゃだめです沖田様)

 

 冬乃は溜息をついて。

 

 思考を戻すべく、ひとつ深呼吸をした。

 

 

 もとい、すでに冬乃の心は決まっている。

 

 (お千代さん、ごめんなさい。だけど、)

 

 

 たとえ千代が、この先もう結核患者とは接しないように出来得るとしてさえ。すでにもう、千代の肺に休眠菌がいる可能性がある以上、危険は残る。