日曜日の今日

 日曜日の今日は師匠はいなかった。自主稽古に来ている人たちと挨拶を交わし、冬乃は竹刀を握る。

 

 (沖田様)

 

 

 また、頭髮幼軟 逢えますように

 (どうか・・・・)

 

 

 目を瞑る。

 

 深く息を吐き。

 

 構えた竹刀の先を見た。

 心を空に。

 

 

 

 竹刀を振りかぶり前へ踏みだした右足先に、心地よく冷たい床を踏みしめた。

  

 

 

 (やっぱり戻れてないか・・)

 

 睡眠不足だったおかげで、昨夜はしっかり寝つけた冬乃は、朝起き出して変わらぬ見慣れた自室の天井の下、目覚めてすぐに意識に甦る不安や恐怖に、一瞬きつく目を瞑った。

 

 朝起きたら幕末へ戻れていたら、と夜寝る前に少しばかり期待してみたのだが。駄目だったようだ。

 

 

 (ほんとに、どうしたら、戻れるの)

 

 失意のうちに学校へ行き、教室に向かいながら。ここでは只の週明けなのに、あまりに久しぶりな感覚と最早生じている違和感に、半ば苦笑してしまう。

 

 

 授業が始まっても当然上の空で。暑い熱気に陽炎のようなものが見える窓の外を眺めながら、

 今頃、沖田達のいる京都は寒くてたまらないのだろうかと、ぼんやりと考えた。

 

 

 (・・・あ、でも)

 

 平成での時間の流れと、向こうでの流れは、激しく差があったではないか。

 

 (こっちで、もう一日半くらい・・?)

 幕末では、どのくらい経ったのだろう。

 

 

 (もう逢えないなんてこと・・・ないよね・・)

 

 既に幾度となく、胸に急襲するその恐怖に。冬乃は、慌ててまた思考を閉ざした。

 

 

 昼休みのチャイムとともに、冬乃たちは立ち上がる。 「今日はお弁当あるから」

 のみものだけ。と千秋が、財布を手にパンを買いに外へ出る冬乃と真弓についてくる。

 

 

 「沖田さんに、逢いたいよね・・」

 

 昼時で近隣の会社員たちで溢れる交差点を渡りながら、真弓が冬乃の心を代弁するように呟いた。

 

 「・・うん」

 素直に、冬乃は頷く。

 

 「きっとまた逢えるよ!」

 励ましてくれる千秋に微笑み返して冬乃は、千秋の向こうの、ビルの合間に差し込む陽光に目を細めた。

 

 (本当に、また、行って戻ってきて・・そうやって繰り返せたらいい)

 

 だけど、

 いつまで

 

 幕末での時間の進みは、平成での進みに比べて異常に早かった。

 だからたとえ、行き来が叶ったとしても、

 

 (それですら、)

 

 いつかは先に、

 幕末での、沖田達の時間は途絶えてしまう。

 

 (苦しいことにはかわりない)

 また早く幕末へと戻れなければ、沖田達の時間の終焉に、間に合わなくなると。

 行き来を繰り返せたとしても、繰り返せば繰り返すほどに、いつかそんな焦燥に苛まれることになるだろう。

 

 

 

 「・・・あれって」

 不意に上がった真弓の声に、冬乃の彷徨っていた思考は戻された。

 

 「あ、白衣のイケメン!」 瞬時に反応した千秋の視線の先。例の医大生が、歩いてこちらのほうへ向かってくるのが見えた。

 

 (そういえば、この近くの大学だったっけ)

 

 

 脳裏に思い出した、そのとき。

 冬乃の目の前は、渇望していたあの霧に再び覆われ。真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・さん、

 

 ・・冬乃さん

 

 

 (ああ・・・)

 

 

 沖田様

 

 

 

 (ただいま)

 

 

 

 

 

 「冬乃さん」

 

 はっきりと、聞こえた愛しい声に。

 冬乃は、うっとりと目を開ける。

 

 

 苦笑したような表情を浮かべた沖田が、見下ろしていた。

 「それが未来での服装?」

 

 刹那に落ちてきた問いに、冬乃ははっと体を見やる。

 

 (あ・・・)

 そうだった。

 

 今回は、制服を着ていたのだった。

 手には財布。

 

 (ん?)

 

 手に握り込んでいる財布に。冬乃は目をやった。

 

 (・・え?)

 

 「未来では、すごい恰好してるんだね」

 財布の存在に瞠目している冬乃の上では、見下ろす沖田の苦笑が止まない。

 

 冬乃はおもわず頬を紅潮させて沖田を見上げる。太腿と二の腕まるだしなのだ。この時代ではありえない恰好なのは、当然承知している。

 もはや冬乃まで苦笑してしまいながら起き上がって見回すと、土方もいた。

 

 「す、」 副長部屋だ。土方の眉間の皺から察しなくとも、あいかわらず土方の文机が着地地点だった様子。

 

 「すみません・・またお邪魔してます・・・」

 

 (ていうか、なんか暑・・!?)

 

 

 手にしている財布を太腿に置きながら、冬乃は障子の外を見やった。

 先程学校の窓からみえたものと同じ陽炎が、庭先を揺らめいている。

 

 (夏・・・・?!)

 

 

 「今回は長かったね。もう帰ってこないかと思った」

 微笑っている沖田へ、冬乃は呆然と視線を戻した。

 

 「い、ま・って・・何年何月、・・何日ですか」

 

 どこか恒例となっているその質問を渡して。

 冬乃は、くらくらと眩暈を感じながら、沖田の答えを待つ。

 

 

 「元治元年、六月一日」

 

 

 

 「・・・・」

 

 

 声を。取り戻すのに、冬乃は暫しの時を要した。