また睡眠薬に手が

また睡眠薬に手が出そうになる衝動を、咄嗟に抑え込む。

 

 (いま、何か考えてたって堂々巡りでしかない)

 向こうへ戻れないかもしれない恐怖に、生髮藥  のみこまれるのがオチだろう。

 

 なにも考えないように努めるしかない。

 

 

 (長い夜になりそう・・・)

 

 エアコンで冷えてきた室内に、ぶるりと冬乃は身震いし。リモコンに再び手を伸ばした。

 

 

 

 

 結局、ほとんど浅い睡眠で、起きたり寝たりを繰り返して、げっそりと青ざめた顔で冬乃は、待ち合わせの時間に合わせて起き上がった。

 

 彼女達に会えると思うと、それでも元気が出る。

 約束していてよかったと。冬乃は着替えながら、快晴の外を眺めた。このまま一人で悩んで籠っていれば発狂しかねなかった気すらして。

 

 

 

 

 「冬乃・・!」

 「もう大丈夫なんだよね?ほんとに」

 

 千秋たちが駆け寄ってきて、冬乃が目の下のクマをメイクでも隠しきれていないさまに、覗き込んで心配そうな顔を浮かべた。

 

 「うん。本当に有難う。いろいろごめんね」

 よく使うカフェに三人、足を向けながら、冬乃は二人を横に向いた。

 「それとね、たぶん、疲労とかじゃないんだ」

 

 「どうしても伝えておきたかった。私さ、あれからまた、・・」

 

     交差点に差し掛かり、立ち止まる。

 千秋がくるんと巻いた髪を揺らして、冬乃をもう一度覗き込んだ。

 「沖田さん、でしょ?」

 

 驚いたのは冬乃のほうだった。

 

 「冬乃が、真弓きて急に倒れた時、『よかった、沖田様にまた逢える』、って、はっきり言ったんだよね」

 

 (え・・)

 

 「てか、大変だったんだからぁ着せるのォ」

 急に思い出したのか頬を膨らませてみせる千秋に、ゴメンと返す冬乃の横で、

 

 「冬乃は沖田さんに夢で逢えてるんだって、千秋からそれ聞いて思ったけどさ。でも、そーゆーコトなのか、」

 真弓が、青になった交差点に一番乗りで歩み出しながら続ける。

 

 「それとも冬乃が話してたように、ほんとにタイムスリップとかしてるのかは、・・わかんないけどさ」

 

 でも、良かったね

 と真弓が、にっと微笑んで。

 

 「また逢ってきたんでしょ?」

 

 (真弓・・)

 「うん」

 冬乃が頷くのを確認し、真弓と千秋が視線を合わせ、にこにこと冬乃を向いた。

 

 「詳しく聞かせてもらおっか」

 

 

 

 

 昼間のカフェの喧噪の中。

 冷房の効きすぎた店内で、見越して持ってきておいた上着を着込んで三人はテーブルを囲んでいる。

  「マジなんか・・ほんとに逢ってきたみたいにリアルじゃね・・?」

 

 初めは、冬乃を気遣うがためにタイムスリップも視野に入れているような様子を、あえて醸してくれていた真弓だったが、

 冬乃の懸命な体験談に、段々と目を見開いてゆき。

 

 「冬乃よかったね!!」

 千秋にいたっては、もう信じていた。

 

 

 「や、でも、どーなってんだろ、」

 真弓はまだ唸っている。

 

 「意識だけ向こうに行ってるって・・?」

 「うん、・・わけわかんないけど、たぶん・・」

 

 「いーじゃん、なんだってぇ」

 逢えてるんだから。

 千秋が、難しいことを考えて悩んでいる目の前の二人に、小首を傾げてみせる。

 「もんだいはぁ、そっちじゃないって」

 

 「え」

 「ん」

 千秋の指摘に、冬乃も真弓も顔を上げた。

 

 「逢えてるってコトはわかったよ?でもぉ、どうやってまた逢えるの?」

 

 そう、そうなんだよね。

 冬乃が頷く。

 

 

 (・・でも)

 彼女達に話す過程で、これまでの体験を改めてなぞってゆくうちに冬乃の内には、何故かまた幕末へ戻れるような予感が湧いていた。

 

 (まるで、)

 やり残したことがある。今やそんな想いに駆られているせいなのか。

 

 (使命のように)

 

 

 だが、一方で同じく芽生えている一抹の疑念。

     沖田のために何ができるか、探ることは

 歴史を変えてしまう何かを探しているのと、

 同等なのではないのかと―――

 

 

 

 (それでも・・)

 

 もしもそれが、叶うなら

 

 

 (・・・きっと私は・・) 

 

 

 

 

 「でもさぁ。ナゾだよねー」

 ケーキをつつきながら千秋が溜息をついた。

 

 「最初はいきなり倒れてぇ、次は寝たら向こう行けて、その次は寝ても行けなくて・・それなのに寝るとか全然カンケーないタイミングで、あっさり行けちゃったんじゃん?」

 「ブラとったタイミングだし」

 真弓が付けたしつつ吹き出す。

 

 「そだよね」

 改めて考えても奇怪すぎる現象に、冬乃も苦笑するしかなく。

 

 

 「まー、ハラ減りすぎて戻ってくるってのも問題だから」

 真弓がさらに笑う。

 (う)

 「そっちは、そうと決まったわけでは・・」

 真弓の揶揄いに冬乃は言いよどんだ。

 

 「でもさぁ、帰ってくる時もーいろんなタイミングなんだよねぇ?」

 

 千秋のふと呈した疑問に、冬乃はグラスを持ち上げていた手を止める。

 「そう・・なはず」

 

 「ん、とぉ。最初は5分くらいですぐ目さめたでしょ、次は白衣のイケメンが冬乃を起こした時でー、3度めは冬乃のおなかが空き過ぎたせいで」 「だ・・から、そうと決まったわけじゃ、いやもぅそうなのかな、そうなのかも」

 もはや観念して口走る冬乃に、

 「あ、てか。白衣のイケメンから連絡先、冬乃もらってるっけ」

 千秋が思い出して声を上げる。

 「昨日冬乃のお母さんがぁ、今度御礼させますってイケメンに言ってたけど、冬乃、連絡先もらってるのかな、て気になってたんだよね」

 

 たしかに母が昨日、次に逢えたら御礼をしろと言っていたが、連絡先を知らない。

 もらったはずのメモは、あれから考えてみたがおそらく、冬乃が再度倒れた騒ぎで医務室に置き忘れているのだろう。

 「連絡先のメモは渡されてたはずなんだけど、どっか行っちゃったみたい」

 

 (どころか、名前も)

 「あの人って、名前なんていうの?」

 

 「「さあ」」

 千秋と真弓が同時に首を振った。

 

 「たしかに御礼しなきゃなのに・・」

 「・・・」

 三人は困った顔になって黙り込んだ。

 

 

 

 

  

   

    

 千秋達と別れた後。冬乃は道場へ向かった。

 

 部屋へ戻っても悶々と苦しいだけだ。どうすれば幕末へ戻れるのか判らないで悩んでいても仕方ないと。こういうときは、無心に竹刀を振っているのが一番いい。