人気のない道をゆっくりと歩

人気のない道をゆっくりと歩いていると、一本だけ遅咲きの桜が満開となっていた。一層夕焼けの赤が濃くなり、洛中を包む。

 

 

 その光景のなんと美しいことか。思わず桜花は足を止め、辺りを見渡した。吉田は数歩進んでから立ち止まっては振り返る。

 

 

 その刹那、悪戯に風が強く吹く。子宮內膜增生

 

桜花の頭上に被さるように咲いていた桜の花びらが一気に舞い散った。

 

 夕陽に照らされながら舞い落ちる桜の美しさに、目を奪われるように立ち尽くす。

 

 

 

 

 吉田はそんな桜花を見詰めた。自然が魅せる幻想的な光景の中に、溶け込もうとしている。

 

 記憶を持たない、男の格好をした不思議な女子。そして妖刀に選ばれた人物。

 

 

──もしかしたら、目の前にいる美しい人は神仏が僕に見せたなのかも知れない。

 

 

 そう思うと、急に恐怖の念が全身を駆け巡った。頭の奥でガンガンと警鐘が鳴り響く。松陰を見送った時の夕焼けの赤が、目の前の光景に重なって見えた。

 

 

 

「桜花さんッ!」

 

 

 焦りを含んだような声と共に桜花へ近付き、その手を取る。

 

 

「よ、吉田さん……?どうかしたのです」

 

 

 突然のその行動に、桜花は目を丸くした。だが、あまりにも吉田が必死だったからか、真面目な表情になる。

 

 

「……君が、この夕陽に飲まれて何処かへ消えてしまうのではないかと……」

 

 

 掴む手が震えていた。まるで、置いて行かないでと幼子が縋るように心許ない。

 

 冗談では無く、本気で恐怖を感じているのだと直ぐに分かった。

 

 

 桜花はそっと前へ立つと、両手でその手を包む。

 

 

「……私はここに居ますよ。何処にも行きません」

 

 

 

 その言葉一つでピタリと震えが止まった。酷く優しい響きに、思わず涙が出そうになる。同時に愛しさが溢れてどうしようも無かった。

 

 昔はの名誉、師と大切なものがこぼれ落ちていくのを黙って見ているしかなかった。しかし、今は違う。

 

 

──触れたい。もっと触れてみたい。

 

 

 

「桜花さん……。今だけ、抱き締めてもえか。嫌じゃったら断って欲しい」

 

 

 その言葉に、桜花は少し驚いたように目を見開いた。照れたように目を伏せるが、すぐに吉田を見上げると小さく頷く。

 

 

 それを見た吉田はゆっくりと壊れ物を扱うように、そっと自身の腕で細いを引き寄せる。ふわりと陽だまりのような柔らかな香りが鼻腔を撫でた。

 

 どちらのものか分からぬ規則的な鼓動の音が互いの間を駆け巡る。触れたところから思いが溶けて混ざりあってしまう気がした。

 

 

「……幸せとは、こねえなことを言うんじゃろう」

 

 

 また別れてしまえば次はいつ会えるか分からない。このまま時が止まってしまえば良いとさえ思った。

 

 

──長州の潜伏がバレてしもうた今、もう迂闊に外は歩けん。桜花さんを巻き込む訳にゃいかんけぇ、当面会えんじゃろう。

 

 

 その温もりを覚えるように、吉田は抱きしめる腕に力を少しだけ入れる。

 

 桜花もそれに応えるように、その広い背におずおずと腕を回した。

 

 

「……明日からまたいつ会えるか分からん。じゃが、必ず時間を作るけえ。先程の約束はえんと誓う」

 

「はい。いつまでも待ってます……。身体に気を付けてくださいね」

 

 

 この関係に名前など無い。

 

 だが二人にとっては一番今が幸せの頂点だった。 木々や草花が青々しく繁り、八木邸の縁側にも

 

が吹いている。

 

 せっせと冬物を整理し、夏の支度をする人影が二つあった。

 

 

「すまへんなぁ、手伝ってもろて。桜花はん丁寧やから助かるわ」

 

「ふふ、とんでもないです」

 

 

 子どもたちや夫婦の