『あー、毎日つまらね

『あー、毎日つまらねえったらねえな。薬売りで俺の人生終わっちまうのかねェ』

 

 齢にして十三、四。薬箱を背負って木刀を片手に行商して回っていた頃の事だ。

豪農に生まれたため、食べる物に困ることは一切無かったし、見目麗しいため女に困ることも無い。だが、心が何処か満たされなかった。

 

 

『クソッ、經痛 あんな野郎でも紛いなりにも侍なのに……俺と来たら……』

 

 土方は先程あった出来事を思い出し、苦々しく顔を歪める。

御家人風の男から突然喧嘩を売られたのだが、腰の刀は竹光だった。武士の魂といえる刀を質に入れたという事だろう。

そして喧嘩を売る割にはその腕は大した物ではなかった。大方、権力を笠に好き放題して来たのだろう。

 

 農民の子は生涯農民、武士の子は腐っても武士。その事実が忌々しく、悔しくて土方は地面に転がっていた石を蹴飛ばした。

 

 

 すると、それは目の前を歩いていた二本差しの男の背を直撃する。やべ、と焦ったがすぐにコイツもどうせ大したこと無いんだろうという思いが込み上げた。

 

男が振り返る。土方程では無いが、すっきりとした顔立ちで爽やかな風が吹いていた。高身長で綺麗な身なりをしており、あたかも上品な侍といった風体をしている。

 

『何か用かい?』

 

石をぶつけられた事を咎める訳でもなく、男は優しげな笑みを浮かべる。その余裕が土方の癇に障り、木刀に手をかけた。

 

『……ガキだと思って情けをかけるつもりかよ。無礼討ちでも何でもすりゃいいじゃねえかッ!』

 

 傍から見てもただの八つ当たりだが、暴れてこの憂さを晴らすことが出来れば今は何でも良い。そう思った直後だった。

 

土方の視界は急にぐるりと反転し、背に衝撃を受けたと思うと目の前には大空が広がってる。

 

僅かに痺れる右手を見ると、そこにあったはずの木刀は遠くに転がっていた。

 

 

驚きに目を見開いていると、土方の顔を覗き込むように男が視界に現れる。尚も涼し気な笑みを浮かべていた。

 

──この俺が、木刀を振るうことなくやられた……のか?

 

『……駄目だよ。いきなり武士に喧嘩を売り付けては。君に何があったのかは知らないが……』

 

『……武士なんて、武士なんてクソッタレだ!』

 

そう叫ぶと、土方の目にはみるみる涙が溢れる。それを見た男はギョッとして焦りだした。

 

男は土方を起こすと、河原に並んで座る。近くにあった茶屋で団子を買ってきては土方へ渡した。そして何があったのかその思いを馬鹿にする訳でもなく、親身になって聞いてくれた。

 

『……そうだったのかい。最早武士の世は廃れつつあるからね。だが、そこら中に喧嘩を売り付けるのは良くない。君だけでなく、家族にまで咎が及ぶ事もあるから』

 

鼻を啜りながら、土方は小さく頷く。

 

『見たところ、君は筋が良さそうだ。それに良い目をしている。諦めずに鍛錬をすれば、いつか身を立てる日も来るかも知れないよ』

 

男はそれだけ言い、土方の頭を撫でると懐手をして去っていった。

 

土方は慌てて立ち上がると、男を追い掛ける。

 

『待てよッ、名を教えてくれ!……いつか俺が偉くなったら、団子の礼を返すからよ』

 

男は驚いた表情になったが、律儀な青年の思いを感じたのか笑顔になった。笑うとまるで女のように綺麗だと土方は見惚れる。

 

 

『私かい?私の名は───』土方は熱いものが胸にこみ上げるが、それを隠すようにそっぽを向く。

 

 

「歳三の事だからまだ満足しちゃいねえんだろう?支援なら幾らでもしてやるから、気張れよ」

 

「ああ。有難うよ。俺ァ勝っちゃんをもっと上に押し上げてみせるぜ」

 

 

土方と彦五郎は拳を合わせた。その時、とくと彦五郎の間に産まれたばかりの子の泣き声が聞こえ、場はお開きになる。

 

 

土方はそのまま客間へ戻った。布団は三つきっちり並べられており、疲れも溜まっていたからか斎藤と桜司郎は既にすやすやと寝息を立てている。

 

まだ二十一と十八の若衆だからか、寝顔は何処かあどけなかった。

 

土方は自然と笑みを浮かべると、自分の床に入る。

するとたちまち睡魔が襲ってきては意識を失うように、夢の世界へ落ちていった───