「おお!」

「おお!」

 

 後ろの兵士が歓声をあげた、これは力を示すと同時に娯楽の一種なんだよ。転がって行った奴を見て恐れおののいた兵が二人逃げた。残りは十四人か。

 

「くらえ!」

 

 三人が正面から踏み込んで来る、成立公司 一人の胴を衝いてやり左手側に身をかわすと、兵らが肩をぶつけてしまう。時計回りで勢いをつけてその二人を鉄棍で横から殴ると泡を吹いてその場に伸びた。

 

「つ、強ぇ!」

 

「驚いてる場合か、他所はもう終わったらしいぞ」

 

 左右を見ると張遼も典偉もあっという間に全員KOした。逃げた奴もいるか。

 

「そうかこの武器が悪いのか、ほれ」

 

 捨ててしまい素手になると、意を決して攻めかかる兵が二人。木剣を振るう腕を掴んで放り投げ、もう一人の腹下に潜り込んで担ぎ上げてからポイっと投げ捨てる。

 

「まだやるか!」 左右と顔を合わせた兵たちは武器を捨てて膝をつく。うむ、これで訓練もしやすくなるな。演壇に戻ると声を張る。

 

「進み出た二人の指揮官を千長とし、残りを伯長に据える。張遼と典偉は俺の副将だ文句がある奴はここに来い!」

 

 じっと全員を睨んでやるが、誰一人文句を言いに来る奴は居なかった。うん、結構だ。

 

「以後の訓練を副将に一任する。兵士諸君は州の為に精進しろ、以上だ!」

 

 演壇を降りて張遼の隣で「というわけだ、後は頼むぞ」と肩を叩いてやる。

 

「あなたという人は、ほんとそれで戦闘が得意でないなどと」

 

 呆れた顔になって小さくため息をつかれてしまう。

 

「それは本当だぞ。俺が得意なのは戦争だ、そういうことが起きないのが一番なんだが、世の中上手くはいかんだろうな」

 

 首を左右に振って、ああ残念だと嘯きながら城に帰ることにした。文聘が上手くやればいいが、そうでない時の為に州府へ連絡を入れておかなきゃな。刺史から直接命令が行けば、渋る奴も殆どいないだろう。それで無いものを出せとは言えんから、全ヵ所から来るとは思わない方が良い。

 

 訓練を任せてしまっている間に、各所の情報を集めようと諜報員を組織しようとしたがうまく行かない。商人に資金を与えて探らせに行くのが関の山だった。

 

「上手く行かんな、優秀なフタッフが居てこその話なのは分かってはいるが」

 

 まるで重荷を担いで片足で歩くかのような感覚、これでは早晩行き詰ってしまうな。とはいえ俺は別に全てを一人で整合させなきゃならん立場でもない、未だにお題ははっきりせんがどうなんだろうか。 途切れ途切れで入って来る情報に、黄巾賊が大きな師団のような軍事部隊を編制してあちこちで猛威を振るい始めたと耳にする。この荊州にもそういった師団、あちらの名前で方と呼ばれるものがあるそうだ。

 

 場所は南陽、ここから北北西に二百キロも行ったところの地域をそう呼んでいる。その郡都が宛だ、ちょっと聞き覚えがある場所だよな。許都の攻防戦で攻略に行った経緯があった。華容からも北に百八十キロ見当でこことの三角地帯だな。

 

「島守県令、報告が」

 

「おうどうした張遼

 

 兵を訓練するようになってから随分と態度が落ち付いてきた、やはり立場が人を作るんだ。

 

「怪しい者を拘束しました、そいつがこれを持っていて」

 

 差し出してきたのは黄色い布切れ。昨今活動が活発な黄巾賊の目印となっているのは、何でも良いので黄色い布を身に着けると言うルールだ、非常に明確で参加もしやすい。

 

「このあたりに影響力を伸ばせるかどうかの偵察だろうな。目的を吐かせるんだ」

 

「承知」

 

 十中八九は命令で探っていたって言うだけだろ、それはいいんだが、恐らくは住民にも同調者は居る。暗夜城門をあけられないような備えは必要だぞ。正面からぶつかるならば、城というのは簡単に乗り越えられるようなものじゃない。

 

 籠城時の陥落は大きく分けて三つだ。一つは裏切りによる開門。一つは糧食の枯渇による開城。最後に戦意の喪失による敗北だ。近隣から援軍が見込める状態で籠城するのは、戦術的にも戦略的にも妥当、攻めるならばそうさせない行動を狙うが。

 

「文聘を呼べ」

 

 下僕にそう言いつけると、暫くして文聘がやって来た。

 

「お呼びでしょうか」