属人が書き上げた

 属人が書き上げた上奏文を吟味せずに許可したせいで、部将の官職名を間違い、居ないはずの部将の名が記されたままだったのだ。それを確認した侍御史の桓典が相国に報告、董卓は上奏文を見てみぬふりをして桓典に差し戻させた。だが皇帝に対し不適切な文書を送ったとして、蔡燿は減俸処分を受けてしまう。流石に蔡燿もこれには平身低頭し、謹んで受け入れたそうな。

 

 雪が降りだしそうな季節になった頃、顯赫植髮 孫堅のところに使者がやって来ることになる。初平元年、動乱の先駆けは様々な事件を引き起こし続けるのであった。

 

 

 初平二年一月。河内にある連合軍の本営で旗揚げから丸々一年を過ごした曹操のところに、袁紹からの密書が届いていた。近隣ではあるが別の場所に陣を張り、積雪もあるので互いに顔を合わせるのにはそれなりに手間がかかるので書簡を出してきたのだろうかと訝しむ。

 

 何はともあれ手にして読んでみると、署名に袁紹と韓馥とあり最初に驚く。一体何が書かれているのやら。目線を進めるうちにどんどん前のめりになった、そして天を仰ぐ。

 

「なにが『天子は幼く董卓の傀儡だ、劉虞こそが真の皇帝に相応しい』などと言う寝言を。さてどうしたものか」

 

 誰に相談すべきかと思いを巡らせるが、陣内にこれといった人材が存在しない。いや一人だけ顔が浮かぶ。

 

「誰か陳宮を呼べ」

 

 ややすると三十路頃の文官服をまとった男がやって来る。陳宮、字を公台という。実直な学者肌ではあるが、実務を無視することをしない現場主義者でもある。有能ではあるが何せ決断が遅いせいで、戦場や目まぐるしく状況が変わるような場面では使い物にならない。「孟徳殿、及びとのことで」

 

 とはいえ目覚ましい戦果もないようなこの時分に、他のなみなみいる諸侯ではなく自分に仕官してきてくれた人物なので蔑ろにはしない。まずは小手調べと書簡を目の前に差し出してやる。

 

「読んでみろ」

 

 陳宮曹操を見ると「では拝見」書簡に目を通し、何故自分がここに呼ばれたのかを想像する。

 

「どう思う」

 

 短く問いかけた。良いと思っていれば席次の高い部下を呼ぶなりして画策をしていただろう、では乗り気ではないのだとあたりをつける。

 

「これに応じてはなりませんぞ」

 

「それは何故だ」

 

袁紹殿には十の罪が御座います。一つ、不忠である。天子を助けようとせず見殺しにしようとしていること。二つ、不実である。別の人物を天子に据えようとしていること。三つ、不義である。天子が存命だというのに、皇族に――」

 

「わかったもう良い」

 

 喋っている最中に手を前に出して遮ってしまう。望んでいた答えと違っていたからではない、一致しているからこそ無駄なことをしたくなかったからだ。

 

「公台殿、袁紹は道を誤ることになる。これは恐らく袁術のところにも届いているだろう、荒れるぞ」

 

 袁紹袁術が不仲なのは世の知るところだ。そしてこれは一方的に袁紹に非があると言ってもおかしくはない。袁術にしてみれば好機なのだ、さりとてあまりに不甲斐ない理由で袁家の家名を汚すのもまた面白くない。

 

袁術殿が取られる道は三つありましょう。内々に反対をし話が外に漏れないようにする。公然と反対をし天下に非を知らしめる。賛同をし暴挙に出る」