だが自身の死は新撰組がより結束を固くして、先に進むための踏み台に過ぎない。決して振り向いては行けないのだ。
『何でやの。お武家はんは、特に辞世の句ちゅうもんを詠まれはるもんやないんどすか』
『そうなんだけどね。mirena 子宮 環 副作用 …おさとの事だ、それを見て何時までも泣きそうだ』
本当の理由は言えず、山南はおどけて肩を竦めながら言った。また額を弾かれるかと予想したが、さとは切なげに眉を顰める。
『そうかも…知れまへん。せやったら、うちに文を…書いとくれやす』
サア、と吹き付けた風がさとの後れ毛を揺らした。
『文を…?』
山南が聞き返すと、さとは淡い笑みを浮かべて頷く。
『敬助様……いや山南せんせは、うちがいくら艶文を書いても返事くれへんかったやんか』
さとの言葉に山南は気まずそうに視線を逸らした。確かに、屯所宛に明里から艶文が届いていた。だが、何と返せば良いのか分からずに一度も返したことがない。
土方なんかはお手の物だったが、聞く勇気が無かった。
『そうだったね、済まないことをした』
『そうどす。せやから、うちに文を贈っとくれやす。後生大事にしますよって。まあ、そうならへんように長生きしとくれやすなぁ』
そう言って困ったように笑うさとの表情は美しかった。
「後生大事に……か」
もはや思い出となりつつある、会話を思い出し笑みを浮かべる。
そして重い身体を起こして文机の前に向かった。文を書き終える頃には、夕闇が部屋を包んでいた。
そこへ外から壁を叩く音が室内に響く。
「敬助様……ッ」
聞き間違える事などない、愛しき女性の声に山南は弾かれたように立ち上がった。そして格子窓から外を覗く。
そこには、息を切らし背を丸めているさとの姿があった。少し離れたところには桜司郎の姿がある。
「おさと……」
山南が小さく呼びかければ、さとは顔を上げた。そして格子窓へ近付いてくる。
いつも身綺麗にしていたさとの髪は乱れ、着物の裾は土で汚れていた。
目が合うなり、さとはハラハラと大粒の涙を流す。
「…痛おす」
転んだのだろうかと山南が思っていると、さとは格子窓に手を当てた。
「痛おす…ッ、胸の奥が、痛うてたまらへんのどす…」
新撰組へ復帰することが"永い別れになるかもしれない"と言われた時から、何となくこの様な日が来るとは覚悟していた。
家を新撰組の隊士である桜司郎が、土方の遣いだと訪ねて来た時は、目の前が真っ暗になり倒れそうになったという。
「何で…戻ってきはったんや…。沖田はんは、逃がしてくれへんかったんどすか……」
さとの声は涙に濡れていた。悲しみが波のように押し寄せては、心ごと押し潰されそうだった。
山南は眉尻を下げると、首を横に振る。
「違うんだ。総司は逃げるように薦めてくれたけれど、私が帰ることを望んだのだよ」
何でや、とさとは顔を歪めた。ふらりと足元が崩れかける。それを駆け寄った桜司郎が支えた。
「私が、新撰組に帰りたいと思ったんだ」
山南はそう言うと、風のように透明な笑みを浮かべる。
それを見た桜司郎は両胸の刻印が疼く感覚に襲われた。この笑い方を知っている気がする。
死を覚悟したような、透き通った笑い方だ。
「……酷いお方や。うちには敬助様しか居らんて分かっとるやろに。憎らしいわぁ、ほんまに…。」
さとはそう言うと、格子窓の隙間から指を差し入れる。そして山南の頬に指を添えた。
「せやけど、一番憎いんはうち。惚れた弱みなんやろなぁ、憎みきれへん。お慕いする気持ちが溢れて止まらんのや…。アホやなぁ…」
「済まない…。貴女にはいくら謝っても足りない程だと分かっている」
この切腹が止められないと云うなら、せめて最期は心配を掛けたくない。
その一心で、さとは自制心を総動員して泣き叫びたいのを堪えた。
本当は胸に縋り付いて死なないでと、置いて行かないでと言いたかった。
無理矢理笑顔を作ろうとするさとの心情を察したのだろうか、山南は何かを堪えるような表情になる。