松原と山南は、沖田も併せてよく子ども達と遊んだ関係である。仏の松原、山南として近所の人々から愛されていた。
唇を噛み締めながら、松原は何度も頷く。そして深々と頭を下げると部屋を出て行った。
松原と入れ替わるように、yaz 避孕藥 近藤が部屋の中へ入る。
「さ、山南君…」
山南は笑みを深くした。既に近藤はボロボロと涙を零している。厳つい顔を歪め、大きく肩を揺らしていた。
腕で何度も目元を拭うその姿に、山南は試衛館時代の"若先生"の面影を見る。
木刀を持たせれば、まるで百戦錬磨の猛者の如く負け知らずだった。だが、素の近藤は怖がりで涙脆く、お人好しの好青年である。
「すま、済まんかったッ。山南君を、そこまで追い詰めたのは俺だろうッ」
山南は悲哀が溢れるその背に手を当てた。
「違いますよ。誰も悪くない……。私が弱かった、ただそれだけの事です」
自身のを陰から諌め、正しい道へ戻そうと尽力してくれた山南が窮地に追いやられていたことには気付いていた。だが、伊東を引き止めたい一心で、心を砕く余裕が近藤には無かった。
そのような気持ちを悟ってか、山南は瞳を伏せる。
「…若先生、私は貴方に感謝しか無いのですよ」
「さん、なん…くん」
「貴方は私に夢を見せてくれた」
──新撰組を作っていく過程は楽しかった。同じ副長という立場上、土方君とぶつかることは多々あったが、それも全て愛おしい。
山南の慈しむような声色に、近藤は更に涙の色を濃くした。
「江戸からの仲間達は、若先生の人柄を慕って此処までやって来ました。どうか…彼らを蔑ろにすること無く、平等に接して下さい」
私達の好きな若先生のままで居て下さい、そう山南は微笑む。釘を刺された近藤は目尻に溜めた涙を流しながら頷いた。
「さあ、もう行って下さい。局長が法度破りの咎人の部屋に入り浸ってはいけませんよ」
山南はそう言うと近藤を送り出す。その後も次々と山南を慕う者達が部屋を尋ねて来る。中には手引きをするから逃げろと言う者まで居た。
その気持ちが嬉しかったが、逃げる気など山南には更々無い。
来訪者達に別れを告げ送り出した後、廊下に続く障子に背を向け、深く息を吐き出した。
張り番の隊士に、もう誰も入れないようにと言い付けると山南は部屋の壁に凭れかかる。
「少し、疲れましたね……」
障子越しに見える外の色は橙に染まってきていた。つまり、もう日が暮れて来たという事だろう。
自身の命に終わりを告げる刻が迫っていた。
机の上にある文房具に目を向ける。辞世の句を詠むために置かれているのだろう。
山南は筆に手を伸ばしかけ、その手を止めた。
壁に頭を付け、天井を仰ぎ見る。
その脳裏には療養から復帰する前のさととの会話が浮かんでいた──
『おさと、私は死ぬ時に句を詠むのは止めようと思うよ』
それは日差しの暖かい日の事だった。縁側でさとの膝の上に頭を乗せ、二人で日向の心地良さに浸っていた。
『突然何どす。縁起の悪いこと言わはって……。いけずは嫌どすえ』
さとはそう言うと、軽く指で山南の額を弾く。山南はくすりと笑った。
『大事な話じゃないか。いつ何処でどうなるか分からないご時世なのだから』
辞世の句とは、言わば人生の最期を彩る思いの句だ。後世まで残り、どのような生き様だったのかを伝えられていく。