「ハッ……!」

「ハッ……!」

 

身体がびくりと弾かれたように動き、目が覚めた。

 

どくどくと心臓が激しく波を打つ。

桜花は辺りを見渡した。伏せて寝ていたせいか、背中が酷く痛い。

 

外を見てみれば、月經量多 朝焼けが闇を覆い始めていた。

 

 

「夢……か」

 

それが夢だったと脳が認識した途端、安堵の為か上半身の力が抜ける。バタリと後ろの布団に倒れ込んだ。

 

 

彩りを鮮やかにしていく空を見上げながら、桜花は大の字に手を伸ばし敷布を掴む。

 

そしてそれを顔を覆うように引き寄せた。

 

 

──夢の中で目が合った青年の顔が、自分に似ていた。

男にしたらあのような感じなのかと思うほどに。

 

 

何かの暗示なのだろうか。

武士になりたいと思った日に幸先が悪いと思いつつ、桜花は身を起こした。

 

じんわりとした嫌な汗が額を伝い、ぽたりと敷布に落ちる。

汗ばんだ身体に寝巻きが張り付き、えも知れぬ不快感に襲われた。

 

「暑い……」

 

 

身体を拭こうと思い、立ち上がる。

この格好で降りるのはどうかとも一瞬躊躇ったが、誰も起きていないだろうとゆっくり階段を降りていく。

 

桶を手にして草履を履き、井戸へ向かった。縄を引っ張り、から桶へ水を移す。

 

屈んでそれに手を浸すと、ひやりとしたそれが指先の温度を奪っていく。

 

立ち上がり、釣瓶を再度井戸の中へ入れた。その時、優しい風が髪を揺らす。

伸びた髪を耳に掛け、空を見上げるとその心地良さに目を細めた。

 

 

その時、パキリと枝を踏み折った音が聞こえる。

桜花はそちらへ視線を移した。

 

「…誰か居るんですか」

 

 

すっかり丸腰であるため、例え不審人物だとしても戦える術がない。桶を投げるくらいか、と思いつつ音のした方向を睨んだ。

 

「…す、済まない。人影が見えた故……」

 

 

物陰から出て来たのは斎藤である。それを見た桜花はホッと胸を撫で下ろした。

 

斎藤の顔は何処か赤く染まっており、視線を合わせようとしない。

 

 

「斎藤先生でしたか。怪しい真似をして済みません。寝汗をかいたので、拭こうかと思って…」

 

「そ、そうだったか……」

 

斎藤は桜花を一瞥した。

寝巻きの裾から見える白い足、下ろされた艶のある黒髪、汗で張り付いた寝巻きがスラリとした身体をなぞっており、どうにも悩ましい。

 

それは本当に男なのかと疑ってしまう程の色香を放っていた。

 

馬越も男か分からない程に綺麗な顔をしているが、それとはまた違う。

衆道に目覚めてしまったのかと思う程に、心の臓が忙しなく鳴り響いた。斎藤は大きく首を横に振る。

 

 

「…では、俺は行く。驚かせて済まなかった」

 

 

直視していると下手な事を口走りそうだと、斎藤は足早にその場を去った。

 

 

「あ…、お休みなさい」

 

既に居ない背に呟くと、桜花は桶を持って部屋へ戻る。

 

床に置き、手拭いを浸した。そして寝巻きを脱ぐ。すると白い肢体が夜明けの風に晒された。

 

軽く手拭いを絞り、そっと肌を拭いていく。ひんやりとして心地良かった。

 

拭き終わり二つの刻印にそっと触れると、枕元にあった晒を慣れた手付きで胸に巻いていく。

次に畳んである着物へ袖を通し、袴を履いた。そして髪結紐を取ると降ろされた髪を一つに縛り上げる。

 

一日の始まりの儀式に近いこれをすると、気持ちが引き締まった。

 

そしてある決意をする。