刀を抱き締めながら、ふらふらと桜花は立ち上がると白岩へ近付く。そしてその袖を引いた。
「……あの人の……最期を、見たの……?本当に、吉田さんは、」
「……見た。朱古力瘤手術切除非一勞永逸!不持續服藥易復發!醫生:月經有這5 ... 御立派な……最期じゃった」
「…………そんな……」
本来それを話してやる義理は無い。だが現実を教えてやらぬと、この者は受け止めることが出来ぬのではないか──そう思った白岩は口を開いた。
「……池田屋から脱出し、長州藩邸へ援軍を求めに行こうとした所を会津藩士に斬られたようじゃ。長州藩邸に辿り着くも、門は開けられることは無かった……」
それを聞くなり、ひゅっと喉が鳴る。
──門が開けられなかったって…………。見捨てられたってこと……?
「死期を悟ったんか、最期は武士らしくと腹を切って果てられた。…………穏やかなもんじゃった」
そう告げると、今度こそ白岩は何処かへ消えていく。
へなへなと桜花は再び座り込んだ。着物が濡れようが、身体が冷えようが関係なかった。この世の無情さと自身の暢気さが憎いと、拳を握る。
抱えた刀が抜けと言わんばかりに赤く光る。それを抜けば鬼切丸は桜花の物となるということは、何となく分かった。
しかしそれを抜く勇気は出ない。吉田の死を認めてしまうようで出来なかったのである。 この場から離れる機会を失い、一連の流れを柱の影で聞いていた沖田は口元を押さえていた。
眼前に広がる光景は、池田屋での捕物の前日に夢で見たものと全く同じなのだ。そのような偶然があるだろうか、と瞳を揺らす。だがそれよりも聞いた会話の内容がより衝撃だった。
だったのではないか。
色々考えては、眉を寄せつつ視線を空へと移す。稲光が混じった雷雲が月を隠し、光を奪った。
今までも間者が入隊して来ることはあったし、その度に斬り捨てていた。だが、彼らと桜花は毛色が違うように思える。
あまりにも自然なのだ。媚びを売る訳でも無ければ、情報を聞き出そうと躍起になる訳でもない……
そこへ石を踏み分ける音が遠ざかっていくことに気付き、視線を境内へ移した。しかしそこには依然として蹲る桜花の姿しかない。
──しまった、考え事をしていたら白岩を逃した!
沖田は弾かれたように飛び出すと、その背を追い掛ける。だが、坊城通には既にその姿は無かった。前川邸まで駆けた辺りで、門から出てきた斎藤とぶつかりかける。
「……沖田さん。もう体調は良いのか?」
「ええ、お陰様で──って、斎藤君。白岩さんを見ませんでしたか」
「見なかったが……。どうかしたのか」
「──です。済みませんが、捜索を頼めませんか」
何故か間者とは言えなかった。その根拠を問われた時に桜花の名を出したくないと思ってしまったのだ。
「分かった。あんたは病み上がりなのだから、早く休め」
察しの良いところは斎藤の美徳だろう。直ぐに心得て前川邸へ入ると、人を連れて駆け出して行った。
──桜花さんは吉田稔麿へ想いを寄せていた……。衆道の関係か?いや、
──あの口振りからすると、白岩とは面識が無さそうだった。今は一先ず彼は斎藤君へ任せて、私は桜花さんを……。
再び壬生寺の境内へと戻れば、まるで息の吸い方を忘れてしまったかのように、呼吸を荒くした桜花の姿があった。
沖田は駆け寄ろうとしたが、足を止めた。
──駄目だ、私はには触れられない。触れてしまえば、また