そう尋ねる声は情けない

そう尋ねる声は情けないほどに震えている。

 

 それを聞いた白岩からはみるみる殺気が消えていく。その代わりに言い表せぬほどの哀が纏わりついた。

 

 端麗な顔が悲しみに歪むのを見た桜花は、朱古力瘤 身体中の血液が逆流するような感覚になる。

 

 

 

「吉田先生は……。吉田、先生は……ッ」

 

 

──駄目だ。この後の言葉を聞きたくない、聞いてはいけない。

 

 

 頭の奥で警鐘が鳴り響いた。そう思っているのに、足が動かない。

 

 

 

「──亡くなられた…………ッ」

 まるで木槌で頭を殴られたかのような衝撃が桜花を襲った。驚愕に目を見開く。

 

 は……と喉から漏れた空気が声として発せられた。自身の容量を超えた情報が入って来たためか、思考が止まってしまう。

 

 

「──う、そ……」

 

 

 何とか言葉にしたのはその言葉だった。嘘であってほしい。いや、嘘だ。願望が言葉になる。

 

 

 雷鳴が近くに聞こえるが、その音すら全く耳に入ってこなかった。

 

 

「嘘じゃない。……これ、君に預かってきたんじゃ」

 

 

 白岩は震える声でそう言うと、手にしていた刀を桜花へ差し出す。それは確かに吉田の持っていたものだった。

 

 

「あ……、あ、ああ…………」

 

 

 声にならぬ声を漏らすと、桜花はそれを両手で受け取る。一歩、二歩と後退ると力なく呆然とその場に座り込んだ。

 

 あの時の左胸の痛みはこれを意味していたのだと、今更ながらに気付く。

 

 

「ああ……あ……、うそ、嘘だ…………」

 

 

 その刀の重みが、吉田の死が現実であることを告げていた。あまりにも重たくて、受け止めきれない程に。

 

 やっと脳が処理を始めたのだろうか、底知れぬ絶望と悲哀が止めどなく押し寄せてきた。

 

 

「嘘だ、嘘だ……!どうして……何で…………」

 

 

 乾いた声で、答えの無い問いを呟く。

 

 そして縋るように見上げた。

 

 

「うそ、嘘ですよ……。だって、約束したんです。明日……そう、明日!祇園祭へ行くはずで……。

の格好で、それで、」

 

 

 桜花は混乱したように言葉を紡ぐ。白岩はそれを静かに見下ろしていた。

 

 

「私……。まだ、あの人に伝えてない……。伝えられてない……ッ!まだ、何も……何も…………ッ」

 

 

 どこか夢物語のように感じているのだろうか。桜花の頬には涙の一滴すら流れてはいない。頬を引き攣らせながら、現実逃避するようにただ言葉を必死に紡いでいた。

 

 

 黒雲からは、ぽつりぽつりと雨が落ちてくる。「……君に言伝と文がある」

 

 

 白岩は腰を下ろすと、懐から取り出した文を桜花の手へ握らせる。

 

 そして最後の仕事を務めるべく、感情を押し殺して大事に言ノ葉を紡ぐ。

 

 

『祭りに行けなくて申し訳ない』

 

『刀を貰ってほしい。君の願いが叶うように祈っている』

 

『──君に出逢えて幸せだった』

 

 

 それを聞くなり最後に見た吉田の笑顔と声が浮かんだ。まるで本人が言ったように、暖かな声が脳裏に響く。

 

 途端に唇がわなわなと震えた。嫌、と首を何度も小さく横に振る。抱いた刀の重みがやけに生々しい。

 

 

 

「嫌……ああ……、嫌───ッ!」

 

 

 

 その時、悲痛な声をかき消すかのように雷鳴が轟く。

 

 その哀れな姿が自分と重なって見ていられなくなったのか、白岩は背を向けた。

 

 

「……確かに伝えたけえ」

 

 

 静かな声でそう言うと、闇に溶けるように遠ざかっていく。

 

 

 

 境内に取り残された桜花は、不意に顔を上げた。

 

 

「──って。待って!」

 

 

 絞り出すような声でその背中を呼び止める。

 

 それに反応するように足音が止まり、石を踏み締める音が聞こえた。