ではなく獣であるでみ

ではなく獣であるでみられると、さすがにこたえるな」

 

 俊冬のその声は、かれにしては弱弱しい。それがかれの心情を吐露していることを、いやでも感じさせる。

 

 驚きのが、子宮內膜異位症 あからさまにそのようなが、かれを傷つけてしまった。が、わかってはいるが、いまのおれにはかれのことよりおれ自身のショックのほうがおおきく、余裕がない。

 

「す、すみません。そんなつもりじゃないんです」

 

 口からだした謝罪は、平坦な声である。それこそ、紙に書かれたことを棒よみしている、ような。

 

 医学所もずいぶんと静かである。当然のこととはいえ、あまりの静けさにいたたまれなくなる。だから、をそらせ、それを地面に向ける。できるだけ、相棒をみぬよう、地面に転がっているちいさな石に集中する。

 

 遠くの方で、だれかが叫んだような気がしたが、医学所内でのことか、町の人のものなのか、はわからない。

 

「その・・・。さっきのひそんでいた浪人たち、それから、外にいた浪人たちも、殺ったんですか?」

 

 石ころをみつめたまま、ちがうことを尋ねる。いま、思いつくせいいっぱいの質問である。

 

「いいや。外の浪人たちは、兼定のうなり声とわたしの脅し文句で逃げてしまった。はした金で雇われた連中だ。わりにあわぬというわけだ。奥にいた連中には、当て身を喰らわせた。頸を握っていたのも、そうみせかけていただけで、軽くしか握ってはいない。指の痕も残らぬ程度にな」

 

 俊冬には、おれの内心の動揺がわかっているはず。それでも、そう答えてくれた。そう答えてくれたから、おれもショックをやわらげる時間を得ることができた。

 

「あの・・・。ほんとにすみません・・・」

「いや、いい。すこしやりすぎたようだから」

 

 俊冬はわかっていて、わざとそういってきた。おれが、ちがうことでショックを受けていることを承知しているのに。

 

「たま。やりすぎとは思わねぇが、なんでもかんでもひっかぶるんじゃねぇ。なにも、おまえとぽちだけが悪者になる必要なんざねぇんだ。どうせ、連中にとっちゃぁは憎き敵、悪の権化なんだからな。だが、よくやってくれた。おまえの恫喝は、おれでさえびびっちまう。おまえらなら、どんな啖呵をきってもやり遂げるって確信してるからな。余計におそろしいってわけだ」

 

 副長が場の空気をかえようと、俊冬のほうへイケメンを向けていう。すると、俊冬は頭を下げつつ、「申し訳ございません」と謝罪する。

 

「じつは、最後のほうまで迷ったんだがな。や卑劣なやり方は兎も角、すくなくとも私利私欲のためじゃねぇ。それに、いま死ぬでもねぇ。それを、たま、おまえの掌を穢させるにはおよばず、と判断した」

 

 副長は、右腕をあげるとそれを伸ばし、俊冬のずいぶんと髪の伸びた頭をなでる。

 

「それに、おまえがそう望んでるってこともわかったからな」

 

 そうつけ足すと、俊冬はうれしそうに笑みを浮かべる。

 

 その光景は、兄が弟をほめるというよりかは、親が子をほめているようにしかみえない。

 親子ほどがはなれているわけでもないのに。

 

 いや、親子というのもちがうかもしれない。

 

 では、いったいなんなのだろう・・・。

 

「おーい!窓からみえたもんだからよ」

 

 そのタイミングで、建物のほうから大声がし、松本が駆けてきた。

 

「無事でなにより。でっどうだった、勝さんは・・・」

 

 松本は、おれたちのまえにくると腰をおり、両掌を両腿においてぜいぜいと息をきらしている。

 

 運動不足になるのも仕方がない。それでも、通勤や往診は徒歩だから、まったくの運動不足ってわけでもないだろう。シャキシャキとあるけば、いいウオーキングになるはず。

 

「法眼。ご心配ばかりおかけし、申し訳ない。勝先生には、快く嘆願書を書いていただきました」

「よかったな。さぁはいってくれ」

「いえ、これにて。これ以上、ご迷惑をおかけ・・・」

「馬鹿いってんじゃねぇっ!昨夜も一時半(三時間)も寝てねぇじゃねえか」

「島田と夜半にまちあわせをしておりますゆえ」

「なら、それまでどうするってんだ、ええ?もあいてる。休んでいけ。残りもので悪いが、昨夜のあさり飯もあるからよ。それ喰って、しばらく横になれ。三人とも、ひどいだぜ。そら、はやくはやく」

 

 息を整えた松本は、副長と俊冬の腕をつかむとぐいぐいとひっぱって建物のほうに向かう。

 

「主計、おめぇも兼定もはやくこい。犬は専門外だが、兼定もきっとひどい

をしてるはずだ」

「だってさ、相棒」

 

 きりかえなければならない。副長たちが似てる似てないとか、そういったことはいまかんがえなくてもいいことである。

 

「いこう」

 

 綱を握りなおすと駆けだす。相棒も、ぴったり左脚によりそい、駆けだした。

 

 夜中にいただいた深川飯を、またいただいた。

 

 医学所に勤務する人や、入院患者たちのものであるはずが、ちゃんと残してくれていたのである。

 

 松本の屋敷を去る際、訪れるという約束はしなかった。それなのに、松本はくることを想定していたというわけである。

 

 俊冬が、相棒にぶっかけ飯をつくってもっていってくれた。

 

 その間に、副長とおれとで腹いっぱい喰った。冷えていても、うまいものはうまい。ありがたさを噛みしめる。

 

「それで、おまえが明日、嘆願書を板橋に届けにゆくんだな?そうすると、おれはどうすればいい」

 

 腹がいっぱいになってほっと一息ついていると、副長が尋ねてきた。

 

 そうくるだろうと想定していたので、脳内で練り上げた筋書きを感情も