「たかが?たかがと言ったのか、君は。俺のことを、身を呈して守ってくれた隊士のことだぞ。何故そのように見下げたような言い方をするのだ」
「そ、それは……。申し訳ございません。ただ、一介の隊士の為に此処で足踏みをすることが正しいと言えるのでしょうか」
「君は普段から部下をそのように扱っているのかね?そうだとすれば、俺は君への評価を改めねばならぬ」
あまりの剣幕に武田は冷や汗を流した。助けを求めるように、近くにいた伊東へ視線を送る。安全期 しかし伊東も何処か冷ややかに武田を見ながらも、近付いてきた。
数日後。京の西本願寺の屯所には近藤からの文が土方宛に届く。安芸からの文だと聞いた一部の幹部隊士らが副長室へ集った。
「ねえねえ土方さん、早く読んでみてよッ。何て書いてあるの?」
藤堂は沖田におぶさるように後ろから腕を回し、頭の上に顎を置く。土方へ文を読み上げるように催促した。
「ったく、何処から聞き付けやがったんだ?まず総司、お前さんは今日巡察当番じゃなかったのかい」
「文の内容を聞いたら直ぐに行きますよう。だから早く読んでください」
じろりと土方から睨まれるが、沖田は笑みを浮かべて正座をしている。内容を聞くまではまるで動く気配がしなかった。
そのやり取りを井上と斎藤が微笑ましそうに見ている。土方はふう、と溜息を吐くと文を広げて目を通した。
「なになに、ふうん。手を尽くしたが長州には入れなかったとさ。直に帰ってくるらしいぜ。無事だとよ」
その言葉を聞いた全員が安堵の息と共に表情が和らぐ。良かった良かったと口々に漏らした。
あれはただの夢だったのかとホッとした沖田が巡察へ向かうために腰を浮かせると、文を見る土方の眉間に皺が寄る。それを見た井上が心配そうに土方の様子を伺った。
「どうしたんだよォ、歳さん。何て書いてあるんだい」
切れ長の双眸を細めると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。そして深く息を吐いた。
「……交渉帰りに刺客に襲われたそうだ。近藤さんや伊東は無事だったが、その代わりに鈴木桜司郎が撃たれた上に連れ去られたらしい」
その言葉に、沖田は落ち着けた腰を浮かせる。その脳裏には、走馬灯のように夢で見た出来事が浮かんだ。心の臓がどくんと嫌な音を立てる。
「下手人も分からんそうだ。山崎が残って探索と長州の情報収集をするらしい」
「そうかい……。鈴木君がやられるなんて、余程の手練だったんだねェ……。無事だと良いが」
土方と井上の会話が何処か遠くに聞こえた。文伝手だからか、現実味を感じない。嘘だと、近藤らと共にひょっこりと帰って来るのではないかと信じたがってる沖田がいた。これ以上悲しい雰囲気に包まれたくないと、立ち上がる。
「……では、私はこれで」
自分でも驚くくらいに乾いた声が漏れたことに、口角を引き攣らせた。いつもの沖田らしかぬそれに、部屋がしんと静まる。
「総司、大丈夫かい」
心配そうな井上へ、沖田は笑みを向けた。
「ええ。桜司郎さんは己が務めを果たしたということですから。ご立派なものです」
そう言いながら、沖田は襖を開けて部屋を出ていこうとするが、それは立ち上がりつつ襖に手を伸ばした土方によって止められる。
「何ですか。私はこれから巡察に行かなくては……」
「総司。いい。今日は別の組に代わってもらう」
土方の声音はまるで心配するように柔らかい。だが、それがより桜司郎の件を裏付けるようで嫌だった。
「どうしてです!私も務めを果たさねば、」
「お前……気付いてねえだろうが。酷い顔をしていやがる」
土方は沖田の言葉を遮った。そう指摘されると、沖田は目を軽く見開き、襖の引手にかけた右手はそのままに左手で口元を覆う。
「総司。おらの六番隊が変わるよォ。辛い時は無理せん方がいい」