「そうですよね!毎日皆さん

「そうですよね!毎日皆さん命懸けですもん。」

 

 

努めて明るく振る舞うも声は震えて細くなる。

 

 

『馬鹿正直な奴め。』

 

 

気を紛らわそうと鼻歌を歌うが布団を整える手はガタガタ震えている。

 

 

「てめぇは町で死体が転がってるのや晒し首には遭わなかったか。」

 

 

今ではもう日常茶飯事の光景を思い浮かべて問う。老爹鞋香港 俺らも結構働いてんだと口角を上げて。

 

 

『そんな自慢げな顔で言う話でもないでしょう…。綺麗な顔して…。』

 

 

整った顔立ちから出る物騒な言葉がより美しさを引き立ててるのか。

土方と見つめ合ったまましばし硬直した。

 

 

「で?どうなんだ。」

 

 

答えを急かされ三津は苦笑いで小首を傾げた。

 

 

「それに会いたくないから出歩くの控えてて…。」

 

 

目の前の綺麗な顔がみるみる歪んでいく。

眉間のシワが深くなる度,三津は後退りをする。なるべく障子に向かって。「なるほど,それで道が分からねえってか?」

 

 

じわりじわりと土方が三津に迫る。

 

 

「道も覚えねぇで甘味屋で甘えてたって訳か。その甘えた考えも根性と一緒に叩き直してやる。何があっても,何からも逃げる事は許さねぇ。」

 

 

鋭い目の奥を光らせ,口角をつり上げて,三津の胸ぐらを掴んだ。

三津の背後にはもう壁しかない。

 

 

「そ…それには事情が…。」

 

 

聞いてもらえないとは分かっているが一応足掻いてみる。

すると一瞬で視界は土方の顔だけになった。

 

 

「覚悟しやがれ。」

 

 

はいとしか言わせない。

醸し出す空気がそうたたみかける。

三津はこくこくと激しく上下に頭を揺らした。

でなければで逃げ出す前に命は無い。

 

 

――それから布団に潜り込んだけど三津はなかなか寝付けずにいた。

うとうとしては目が覚める。

 

 

『早く寝たい…。』

 

 

何度も寝返りを打って落ち着く向きを探した。

けど鼓動の落ち着きがない。

 

 

思い出してしまった。

町で見かけた死体や晒し首を。

 

 

『嫌でも見て来たもん…。』

 

 

町で幾度となくそれらを見て来た。

それが全て新平に見えてしまって何度その場で倒れかけた事か。

 

 

『神経質になり過ぎやったんや。早く寝ないと明日に支障が出ちゃう。』

 

 

三津は布団を深くかぶって無理やり目を閉じた。

 

 

『今日は珍しくよく動きやがるな。』

 

 

三津が寝返りを打つ度に聞こえる布団の擦れる音が耳障りで土方も寝付け無かった。

 

 

『いつもは死んだように寝る癖に。やけに動くじゃねぇか。』

 

 

それとも今日の自分が過敏になっているのだろうか。

いつもよりか目も冴えている。

 

 

「……おい。」

 

 

眠くなるまで話し相手でもさせるか。

衝立に向かって声をかけて返事を待つが部屋は静寂に包まれる。

 

 

「寝たのか?」

 

 

狸寝入りなら承知しねぇぞと,わざわざ体を起こして反対側を覗き込んだ。

 

 

丸まった布団は規則正しく上下していた。

どうやら眠りに就いたらしい。

 

 

『人の眠りを妨げといて先に寝るとはいい度胸だな。』

 

 

こっちは眠れる気がしないんだ。一人安らかに寝かせてたまるか。

土方は深く被った布団に手をかけて勢いよく捲ろうとした時,

 

 

「んー…。」

 

 

悩ましげな声で身を捩る動きに不覚にも土方の鼓動は跳ね上がった。

 

 

勢いよく捲るのは止めて徐々に顔が見える位置まで布団をずらした。

 

 

その寝顔に息をのんだ。

 

 

 

 

 

 

――――泣いてる…?

 

 

小さく丸まって眠る横に腰を下ろして胡座をかいた。

暗闇に目を凝らして横顔を見れば頬に涙の筋が走っていた。

 

 

握り締められてより小さくなった手も小刻みに揺れている。

 

 

「怖い夢でも見てんのか?」

 

 

そっと頭に手を被せ,夢の中にいる三津に話しかけてみる。

太陽の下で見る姿とはまるで別人。

 

 

この暗闇に溶けてしまいそうな線の細さ。

止まってしまうかもと思わせる息づかい。

何も語らない口元。

震えたままの手。

 

 

 

 

 

―――か弱い。

『本当に置いてかれると思ってるの?

『本当に置いてかれると思ってるの?

馬鹿な子だな,三津が迷子になったって誰も得しないし。

ま,そこが憎めないんだけど。』

 

 

三津に分からないように頬を緩めて河原を後にした。以前と同じ道を通るのでは面白くない,どうせなら違う道を通って三津を混乱させてやろう。

吉田の悪巧みが冴える。

 

 

https://paintedbrain.org/blog/unraveling-the-mystery-could-frequent-pain-every-month-be-endometriosis

少し遠回りをすれば一緒にいる時間も長くなる,純粋に二人でいたいとも思いながら甘味屋を目指した。

 

 

「前と道違うんちゃいます?」

 

 

それに気付いた三津は吉田の思惑通り不安げにきょろきょろと目を動かして落ち着かない。

 

 

だが急に三津は足を止めた。

着物を引っ張られた吉田の足も止まる。

 

 

「何?」

 

 

三津は寂しそうな目で真っすぐ続く脇道を見つめている。

 

 

「この道は知ってる,通ったことある。」

 

 

道を見つめるその目から誰と歩いて知った道なのか吉田はすぐに分かった。

 

 

「彼と歩いたんだ?」

 

 

三津が見つめる先に顔も知らない男と仲睦まじく寄り添い歩く姿を見てしまった。

 

 

治まっていたはずの嫉妬心が動き出す。

 

 

「そんな顔になるなら見なければいいだろ。」

 

 

目に浮かんだ光景を消し去りたくて三津を引っ張り,歩く速度も上げた。

 

 

『思い出して泣くぐらいなら忘れてしまえ。

その穴ぐらい埋めてやる。』

 

 

心の中では言えるのに言葉になるのは突き放すだけの冷たいものばかり。

 

 

ちらっと右斜め後ろを見てみると三津は完全に俯いてしまっていた。

 

 

「…まだ彼が一番なんだ。」

 

 

すると三津はうんと頷いた。

分かりきってた答えなのに吉田の嫉妬心が顔を出した。

 

 

「じゃあ聞くけど,会えるけど色んな女の人の所に通える桂さんと,会えないし触れられないけど誰のものにもならない死んだ彼だったらどっちがいいの?」

 

 

三津は大きく目を見開いて顔を上げた。

 

 

『違う…。

こんな言い方したいんじゃない。』

 

 

瞳を揺らしながら見つめてくる三津に吉田の胸は苦しくなる。

 

 

「何でそんな言い方するの?桂さんも新ちゃんも私には大事な人やのに…。」

 

 

勿論吉田だって大事な人に入ってる。

なのにそんな言い方をされて三津は激しく動揺した。

 

 

着物を掴んでいた手も力無くするりと落ちていった。

 

 

吉田もこうなると分かっていながら素直になれず,

 

 

「三津には俺の気持ちなんて分からないだろ。」

 

 

苛立ちをぶつけるような言いぐさをしてしまった。

 

 

『そうじゃないだろ,ごめんって言えよ。』

 

 

吉田の眉尻も下がる。

言葉は喉の奥で止まったままだ。

 

 

三津は軽く唇を噛むと,目を伏せて吉田の横を走り抜けた。あの日以来,吉田が甘味屋に現れなくなった。

 

 

『もし来たら何も無かったように笑って出迎えよう。』

 

 

そう決めていた三津だったが,決意も虚しく全く音沙汰は無い。

 

 

それでも日常に変わりは無く,今日も常連さん達で店内は賑わっていた。

 

 

その輪の中に三津も混じり,世間話に花を咲かせていた。

 

 

「そうや,昨日そこの旅籠で長州のもん匿ってた言うて主人と女将が新選組に捕まったらしいで。」

 

 

大人たちが恐い恐いと体を震わせながら顔をしかめたが三津は一人きょとんとしてしまった。

新選組?初めて聞いたな。』

 

 

政に疎いから口は挟まず話の続きに耳を傾ける。

 

 

「長州の人らを追い出して京にも入れんようにしたらしいやないの。」

 

 

「え?何で?」

 

 

そこは流石に黙ってなかった。

理解が追いつかない。

 

 

『待って?長州が追い出されたなら吉田さんと桂さんは?』

 

 

血の気が引いていくのが分かる。

とにかく事情を把握したい。

長州が追い出された経緯の説明を大人たちに求めた。

吉田が来なくなった理由はそこにあるかもしれない

 

 

「何や御所で薩摩と会津を相手にもめたらしいで。」

「馬子にも衣装って言わないん

「馬子にも衣装って言わないんですか?」

 

 

三津は袖を広げて見せながら真剣な顔をした。

 

 

「そう言って欲しかったの?期待外れでごめん。今からでも言ってあげるよ。」

 

 

吉田が喉を鳴らしながら三津の期待に応えようとすると,三津は慌てて首を横に振った。

 

 

「そんな事言わないって,了解肺癌眾多成因,盡力預防減風險 だって似合ってる。」

 

 

遠くから見たら本当に三津だって分からなかった。

 

 

『確かにこう言うのを馬子にも衣装って言うんだろうけど。』

 

 

吉田は不覚にも見惚れてしまったんだ。

だから冗談でも言うまいと密かに決めていた。

 

 

『それをわざわざ自分から言ってくるとはね。』

 

 

真剣な顔をしていた三津は口を一文字に結び耳まで赤く染めていた。

 

 

吉田はただ似合ってると言っただけ。

可愛いだの綺麗だの美人だとか女が喜ぶ言葉は何一つ口にはしてない。

 

 

それでも三津は似合ってると言われたのが嬉しくて着物を見てささやかな笑みを浮かべた。

 

 

「ところで三津は食欲は戻ったの?

前よりやつれたってみんな心配してた。」

 

 

吉田は三津を散歩に連れ出した目的を果たすべくさり気なく話題を変えた。

 

 

「やつれた?

今はちゃんと食べてますから。」

 

 

そう言えばしばらくお粥ばっかりの生活だったなと懐かしむように遠くを見つめた。

 

 

確かに前よりは頬も痩けたかもと両頬を手のひらで包み込んだ。

 

 

「美味しい物食べてもっと元気になりなよ。」

 

 

そう言って三津の頭に手を乗せれば,

 

 

「河原で一緒に食べたみたらしめっちゃ美味しかった!」

 

 

目をきらきらと輝かせて見上げてきた。

 

 

「うちのみたらしが美味しいのは当たり前やけどあの時食べたのが一番美味しく感じた!」

 

 

『それは俺と一緒だったから?』

 

 

自惚れた冗談を思いついた時,

 

 

「稔麿?」

 

 

落ち着いた声に呼び止められた。吉田はこの声の相手を待っていた。

 

 

その為にも三津を連れ出したのだから。

 

 

「驚いた,三津さんと一緒だなんて。」

 

 

吉田の陰にいた三津を覗き込んだのは桂だった。

 

 

「桂さん!……稔麿?」

 

 

三津の目が丸くなり忙しく動き回る。

 

 

「久しぶりだね,それにしても見違えた。」

 

 

桂は感嘆の声を漏らし,もしかしたら自分の贈った簪を挿してくれてるかなと三津をじっくり見ようとする。

 

 

それを阻むように吉田は三津の前に立って背中に隠した。

 

 

そのせいで三津は桂と吉田の表情を窺い知る事が出来ない。

 

 

「これから幾松さんの所へ?」

 

 

吉田は悪びれた様子も見せずに不敵な笑みを桂に向ける。

 

 

桂は否定も肯定もせず涼しげな目元でこちらも笑みを浮かべて吉田の挑戦的な目を見据える。

 

 

「幾松?」

 

 

蚊帳の外にされた三津は控え目に吉田の後ろから二人を様子見た。

 

 

『何の話だろ。

幾松さんて…誰やろ。』

 

 

「三津さんあれから彼とは話し合えたのかな?」

 

 

 

吉田の背後からひょっこり出て来た顔に合わせて桂も腰を落とした。

 

 

“幾松”の事には触れずに済まそうとしたのだけれど,それを簡単にさせないのが三津の前に立ちはだかる曲者。

 

 

「嫌だな桂さん,三津は今私といるんですよ?

なのに他の男の話を出すなんて不粋じゃありませんか。

それより幾松さんがお待ちかねでは?」

 

 

桂は参ったなと苦笑して自分を見つめてくる丸い瞳をじっと見つめた。

 

 

「また今度ゆっくり話そうね。」

 

 

手を伸ばしてその頬に触れたかったけれど,それは叶わず今回は退くことにした。

 

 

三津はゆっくり頷いて去って行く桂を見ているしかなかった。

 

 

「びっくりした…。

吉田さん長州の人やったんや。」

 

 

「捜してる壬生狼のお兄さんには内緒だよ。」

 

 

吉田は悪戯っぽく笑って三津の肩を軽く叩いた。

 

 

流石にそれはしないよと苦笑いで頬を掻いた。

桂と初めて会った夜にも約束したのを思い出した。

 

 

「桂さんと仲悪いの?」

 

 

表情は分からなかったが吉田の言葉に刺々しさを感じていた。

 

 

「悪くは無いよ。

と言うより桂さんは立場的にも上だし。

親しいとか親しくないの話ではないね。」

 

 

『偉い人なんだ桂さん。そう言えば私何も知らないや。』

 

 

幾松の名を思い出すと何だか胸の奥が疼く。

 

 

 

『桂さんの特別な人なんかな…幾松さん。』

そんな事を考えながらしげしげと

そんな事を考えながらしげしげと見つめていると今度ははっと目を見開いた。

 

 

「そうや傷!」

 

 

三津は思い出したと言わんばかりに豪快に左の袖を捲り上げた。

 

 

それには桂も苦笑い。肺癌早期治療方法多

 

 

「恥ずかしいから止めて。」

 

 

くすくす笑って袖を下ろすと三津は顔を真っ赤にして俯いた。

 

 

三津の感情を素直に表すところや,素朴な容姿が桂には新鮮だった。

 

 

京の町が華やかなだけに余計にその存在感を感じる。

 

 

「君のおかげで治りがいいんだ。ちょうどそのお礼をしようと思ってたんだ。」

 

 

それを聞いて三津が勢いよく顔を上げた。

 

 

「お礼なんていいですよっ!」

 

 

お礼ならしてもらった。さっき酔っ払いから助けてもらった。

 

 

間に合ってますと首をぶんぶん横に振っていると桂の両手が伸びてきてしっかりと顔を挟まれた。

 

 

「私の気が済まないんだ。」

 

 

にこやかに微笑んで三津と目線を合わせて屈み

 

 

「だから……ね?」

 

 

顔を覗き込んでさらににっこりと微笑んだ。夜とは違い一段とよく見える色男の微笑に三津の心臓は激しく脈を打つ。

 

 

しかも顔は固定されご丁寧に目線まで合わせて下さって…。

 

 

どうしたらいいか分からずただ笑うしかない。

 

 

すると桂は頬から手を離しごそごそと懐を探り始めた。

 

 

「これどうぞ。」

 

 

小さな包みを取り出して三津に手渡した。

 

 

手渡すと言うより強引にしっかりと握らせて満足げに微笑んだ。

 

 

「あ…有難うございます。」

 

 

本当に受け取っていいものか…。

 

 

まじまじと手のひらの上の包みを見つめた。

 

 

「では家まで送ろうか。」

 

 

桂は三津の頭をぽんぽんと軽く叩いて踵を返した。

 

 

「あっ…はい!」

 

 

貰った包みを慌てて胸元にしまい,置いて行かれない様に桂の背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

『壬生狼に追っかけられた人とは思えんなぁ。』

 

 

堂々と歩く後ろ姿を見つめながら数歩後ろをついて行く。

 

 

傷は良くなったとはいえ,もしここで壬生狼に出くわしてしまったら…。

 

 

最悪の事態を想像してしまい,小さな体は震え上がった。

 

 

折角無事でいるのに自分を送り届ける道中で何かあってはいかん。

 

 

「こっ…ここまで来たら帰れますからっ!」

 

 

咄嗟に桂の着物を掴んでその足を止めさせた。

 

 

「そうかい?じゃあ今日はここで。」

 

 

桂が素直に応じてくれた事にほっとして着物から手を離した。

 

 

「知らない人にはついて行かずに真っすぐ帰るんだよ?」

 

 

まさかそんな心配をされるとは。

 

 

「もう十八なんで流石にその辺は心得てます。桂さんこそ狩られないように気をつけて下さいね!」

 

 

こっちも心配してるんだぞと最後の言葉を強調した。

 

 

そして色々と有難うございましたと頭を下げてから甘味屋を目指して歩き始めた。

 

 

「そうか…十八か…。」

 

 

振り返らず真っすぐ歩いて行く背中を見送りながら,一人でくすりと笑みを零した。

 

 

『随分と大きな迷子がいたもんだ。』

 

 

三津が見えなくなってから桂も帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま。」

 

 

何とか甘味屋まで辿り着いた三津を満面の笑みを浮かべたトキが出迎えた。

 

 

「お帰り。」

 

 

一家の主である功助までも,同じように満面の笑みで出迎えてくれた。

 

 

『何かある…。』

 

 

三津は何かを察知した。

 

 

根拠はない。あくまでも三津の勘が働いた。

 

 

「遅くなってごめんな。すぐ夕餉の支度するから!」

 

 

ここはひとまず逃げるべし。あたふたしながら台所へと転がり込んだ。夜とは違い一段とよく見える色男の微笑に三津の心臓は激しく脈を打つ。

 

 

しかも顔は固定されご丁寧に目線まで合わせて下さって…。

 

 

どうしたらいいか分からずただ笑うしかない。

 

 

すると桂は頬から手を離しごそごそと懐を探り始めた。

 

 

「これどうぞ。」

 

 

小さな包みを取り出して三津に手渡した。

 

 

手渡すと言うより強引にしっかりと握らせて満足げに微笑んだ。

 

 

「あ…有難うございます。」

 

 

本当に受け取っていいものか…。

 

 

まじまじと手のひらの上の包みを見つめた。

 

 

「では家まで送ろうか。」

 

 

桂は三津の頭をぽんぽんと軽く叩いて踵を返した。

 

 

「あっ…はい!」

 

 

貰った包みを慌てて胸元にしまい,置いて行かれない様に桂の背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

『壬生狼に追っかけられた人とは思えんなぁ。』

 

 

堂々と歩く後ろ姿を見つめながら数歩後ろをついて行く。

 

 

傷は良くなったとはいえ,もしここで壬生狼に出くわしてしまったら…。

「それァそうだが、あの時と

「それァそうだが、あの時と今では話しが違う」

 

「違わん!支度金も砲台も頂戴したまま、おめおめと江戸へ引き下がる訳にはいかんだろう!敵からも、幕府は留める力すら無いのかと思われてしまうッ」

 

 

 意地になっていた。生髮藥副作用 否、意地というよりも実感が無いのだ。刀の腕で上り詰め、その上負け知らずで生きてきて、伏見の惨状を経験していない。しかし今や彼にその右腕は使えず、新撰組どころか幕府が大敗している。

 

 それを受け入れることがまだ出来ないのだろう。

 

 

 

「……幕府の威光のために、俺たちに死ねってェのか」

 

 

 原田は静かに言葉を吐いた。

 

 

「そうだ。我々は結成したその時に、上様のために身命を賭して戦うと誓ったでは無いかッ……」

 

「ああ、確かに言った。言ったさ。ただ、それが……今その時なのか?」

 

 

 確かめるような声掛けに、近藤は少し怯んだ後に頷く。

 

 それを見るなり、原田は目を瞑った。

 

 

「……分かった。近藤さんがそう言うなら、俺は乗る。あんたの道場が楽しくて、あんたを押し上げたくて、俺たちは此処まで来たんだからよ。これで乗らなかったら、男が廃っちまう。な、新八」

 

 

 同意を求めるように、手を永倉の肩へ置く。すると、永倉は視線を彷徨わせた後に拳を固めた。

 

 少しの沈黙の後に、小さく頷く。

 

 

「…………ああ。そうだな。此処まで来て、何もせずに引き返すってのも性に合わん。城を奪い返すのは無理だろうがな、江戸へ迫る時を稼ぐくらいは出来るか」 ほんの少し前までは、撤退で決まりかけていたというのに、近藤の一声で一気に交戦へと話しが傾いた。

 

 あれよあれよと軍議は進められていく。その有り様を桜司郎は呆然としながら聞き流していた。

 

 

──駄目だ、駄目だった。折角此処まで来たのに。もう変えられない。やるしかない。やるしかない……

 

 

 そんな言葉が頭の中をぐるぐると旋回する。

 

 

 あまりに顔色が悪かったのか、山口が気遣わしげな視線を送ってきた。だが、それに返してやる余裕も無い。沖田が身体を張ってまで時を稼いだというのに、それが台無しになってしまったことが遣る瀬無くて仕方がなかった。

 

 

「土方さん、援軍を要請しよう。流石にこの兵数では足止めにもならん。城が既に敵の手に渡ったと知れれば、脱走も増えるだろうし」

 

 

 永倉の言葉に、土方は僅かに眉を寄せる。事前に、桜司郎から援軍は見込めないことを聞いていたからだ。

 

 土方と桜司郎、山野以外は幕府から捨て駒にされた可能性が高いことを知らない。薄々気付いているのかもしれないが、もしそうと知れれば、今度こそ新撰組は終わりだった。失意のうちに闘志が削がれしまうのは間違いない。

 

 一縷だとしても希望があるからこそ、人は動けるのだ。

 

 

 故に、誰も公にしようとは言えなかった。

 

 

 

「土方さん、聞いているのか」

 

「……ああ、分かった。この現状を幕府へ伝えれば、援軍も引き出せるかも知れねえ。城代の怠慢は幕府の責任でもあるからな」

 

「そうしてくれ。後は陣を何処へ敷くかだ。……山野、何処が良いと思う?」

 

 

 既にこの辺りの地理に詳しくなった山野は指名されるなり前へ出て、地図を広げる。勝沼村柏尾山の麓を指差した。

 

 

「こ、ここに古刹の大善寺があります。甲州街道沿いの上に、周囲には山があるので隠れるにも銃を撃つにも適しているかと」

沖田はそう言うなり、土方の耳に

 沖田はそう言うなり、土方の耳に口を寄せる。

 

 

「なッ、総司……。それは…………」

 

「斎藤君でも良いですけど。だって、生髮食物 貴方たち……あの子を見る目が優しいんですよ。気付いて無いでしょう──」

 

 

 

 そのやり取りをずっと影から見ていた桜司郎は、どこか寂しさのような感情が胸に湧くのを感じつつ、柱に背を預けた。

 

 

──やはり、沖田先生は自分のせいで局長が討たれたと思っていたんだ。それに……

 

 土方の前では沖田は素で居られるのだという現実を突き付けられた気がした。想いを通わせてから距離が近くなったはずだというのに。

 

 

「…………何だか、遠いな……」

 

 

 綿入れを取ってこよう、と逃げるように凍るほど冷たい廊下を戻った。 近藤と沖田は人知れず去った。大々的に見送ろうものなら、それこそ薩長の知るところになる。

 

 彼らが大坂へ下った際に同行したのは、山崎だった。無事に送り届けた彼が帰営したのは数日後のことである。

 

 

 中庭で一心不乱に木刀を振る桜司郎の元へ近付く影があった。

 

 

「──珍しく荒れてはるなぁ。無事に送り届けましたよ」

 

「山崎さん……。ご苦労様でした」

 

 

 視線をちらりと向けただけで、再びそれを構える。本来は一刻振り続けても乱れることのないはずの軌道が、僅かにぶれた。

 

 その様子を柱に凭れながら見ていた山崎は面白そうに口角を上げる。

 

 

「何や、愛しの沖田センセを送りたかったんなら、そう言えば良かったのに」

 

「……揶揄わないで下さいよ。そうじゃないです」

 

 

 沖田の見送りはしっかりと行ったつもりだ。「必ず生きて会いましょう」と言われたのだから、果たす気でいる。

 

 ただ、無性に落ち着かないのだ。何かをしていないと正気を保っていられないのではないかという程に、浮き足が立ってしまう。

 

 戦を前にしているのだから、当たり前の反応と言えばその通りなのだが。

 

 

「ふうん。なんや、つまらんなぁ」

 

「つまらんって……。落ち着きが無いのは私だけじゃないですよ。……ああ、ほら。丁度来ました」

 

 

 桜司郎が指さした先を見遣れば、そこには土方が忙しなく歩く姿があった。

 

 近藤が大坂へ下ってからは、土方は元々の副長職に加えて局長代行までしなければならなくなった。ただでさえ多忙だというのに、軍議にまで呼び出されるようになったのだ。 そして土方に続いて井上の姿が見えた。それを珍しそうな目で山崎が見遣ると、桜司郎は肩を竦める。

 

 二人の関係は、言わずもがな江戸からの付き合いである。それも、土方が"バラガキ"として悪名を馳せていた頃のことから井上は知っていた。何なら事ある毎に「あの時の歳は、」と昔話を持ち出すのだから、土方にとってはたまったもんじゃない。

 

 だが、今や近藤や沖田といった気心知れた者たちが欠けていくことで、変わらないことへの安心感を自然と求めているのではないだろうか。

 

 

「局長が下坂されてからは、副長の横はああやって井上先生が固めていますよ」

 

 

 しかし、それを疎ましく思う者は誰一人居なかった。時折頑固だが温厚な彼は"源さん"と慕われている故だろう。

 

 

「ほうか。しゃーないな、心が忙しない時は旧知の者が傍に居った方が安定するもんや。榊はんもおるやろ?ああ……記憶が無いんやっけ」

 

 

──……居ましたよ。けれど、皆死んでしまった。

 

 

 言葉にはしなかったが、その脳裏に浮かべたのは誰のことだったか。桜之丞も桜司郎も、あまりにも多くの人を失いすぎていた。

 

 ぼんやりと考えていると、手元からするりと木刀が滑り落ちる。カランという音が聞こえたのか、土方が此方を見た。

 

 

「随分と珍しい組み合わせじゃねえか……。ご苦労だったな、山崎」

 

 

 近付いてくると、目元の隈の濃さや乱れた髪がより分かりやすく見える。元は身綺麗にしている土方だというのに、余程疲れているのだろう。

桜司郎が出した答えは

桜司郎が出した答えは、黙秘を貫くことだった。元々嘘を吐くことには長けていない。その上、その道の専門である監察方を欺くのは不可能だろうと思ったのだ。

 

「籠……」

 

「そうや。ちゃうか?」

 

 

 その問いに、顯赫植髮 桜司郎は自身の着物の端をきゅっと掴む。別れ際の高杉の表情や言葉が脳裏に浮かび、その時の悲しさに再び襲われた。

 

「……すみません。今は、何も思い出したくありません」

 

 今にも泣き出しそうな表情をする桜司郎を見た山崎は、ぎょっと慌てると沖田を一瞥する。すると沖田は小さく首を横に振った。これ以上の追求は無用とのことだろう。

 

「ええと、怪我はどうや?」

 

「もう傷は「ええと……知りたいですか」

 

「はい。知りたいです」

 

 桜司郎は沖田からの問いに即答する。沖田は僅かな沈黙の後に、腹を括ると視線を合わせた。

 

「貴女の夢を見ました。……居ない間、見ない日は無い程に」

 

 ゆらりと行灯の火が揺れる。意味ありげなその言葉に、桜司郎は不意をつかれたように心臓を高鳴らせた。

 

「ゆめ……?」

 

「ええ。発つ前に見た夢と同じことが起こってしまったのなら、きっとその夢も同じだろうと思ったのです。……信じて良かった」

 

 

 沖田はニコリと微笑み、目を細める。あまりにも優しく、慈しむように笑うためか桜司郎もつられて口角が上がった。

 

 夢で見たことが現実に起こるなど、この世の誰が信じるだろうか。偶然か、狂言と言われるのがオチだろう。だが、それよりも非現実的なことを体験している桜司郎は、相手が沖田ということもあり無条件で信じた。

 

 

「沖田先生、私もね。先生の夢を見ました。熱で魘されている時に、もう一度会わなきゃって思って。だから、きっと頑張れたのだと思います」

 

 桜司郎はそう言うと、沖田の手をそっと取る。この存在に何度生かされているのだろうかと思うと、胸の奥が暖かくなった。

 

 沖田はその様子を黙って見詰める。着物の裾から覗く桜司郎の手首は依然よりも細くなっていた。心做しか、顔周りもより締まっている。刀傷や銃弾による熱は痛みも伴うため、余計に辛いものだ。それを一人で耐えたのかと思うと、哀れに思える。

 

 

「生きていてくれて、良かった。山崎君から、貴女のボロボロの着物が送られて来た時は生きた心地がしなかったんですよ」

 

「着物が……?」

 

「ええ。背中がバッサリ斬られていて、あと二箇所被弾した痕がありましたね」

 

 

 その言葉を聞いた桜司郎はみるみる顔色が悪くなった。後ろ傷は武士の恥であり、新撰組では切腹となるのだ。

 

「私、背中に……。士道不覚悟ですか」

 

 その問いの意味を察した沖田は首を横に振る。

 

「貴女は逃げて斬られた訳ではないでしょう。むしろその逆で、近藤先生を御守りした結果な訳ですから、咎めなど有り得ません」

 

「そうですか……。良かった」

 

 安堵の息を吐く桜司郎とは反対に、沖田は眉を下げて何処かそわそわとしていた。

 

「……傷、痛みますか」

 

「触れば痛みますね。毎日軟膏を塗り込めて貰っていたのですが、それが一番地獄を見ます」

 

 桜司郎の脳裏には、袖捲りをしたおうのが容赦なく刷り込んできたことを思い出す。

 

「そうですか……。今日はもう手当は済んだのですか?」

 

「今日……。いえ、まだですが。大きな鏡でも無いと自分では塗れなくて」

 

 そう返せば、沖田は真剣な表情になった。